日本の宗教観が、
そろそろ危ないところまで来てるかもしれないなぁ。
バランサーの意味もあれば、存続の意味も含んで、
離れてる感じが、もどかしさを生んでる。
昭和ぐらいの宗教観は、
近所付き合いの大本にもなる場面でもあり、
礼儀作法を順守する「日頃の行い」の場でもあり、
先祖や亡くなられ人への「中身のある想い」を抱く場でもある。
これ以外にもある。
少し前の宗教観は、
参加は強制ではないからと、葬儀・告別式に参加をしなくてもいい
家族葬などが流行り・・無神論者だといえば無参加でも、
参加強要されなくて済むようなものだった。
今の宗教観は、
「節約」の対象であり、個人の時間を重要としてることもあり、
強制してきた親はどうでもいいと思ってる世代が墓守をしないこともあり・・
それ以外にもある。
関心、興味、好きが、個人の心にとどまってるため、
墓守もしない、仏教、神道などの宗教信者にもならず・・、
ただ空虚な信仰のような「ごっこ」のような形で、
神棚さえあれば良いみたいな考えの人が多くなりつつある。
日本のキャラクターやコンテンツに対して目移りがすごく、
自分優先の時代になってしまってるから、
宗教に熱心になれないと思う。
災害時に、心によりどころとなるはずが、
年長者しか利用しないし、SNSにすぐ逃げる人が続出する。
日本の宗教観が崩壊しつつある。
それに、年長者が誕生日ケーキを手で消すことが、
仏教由来だとも知らない若者も増えつつある。
すぐ今の人は、
何でもかんでもハラスメントだので逃げるだろうけど、
無関心になったものを汚物とみるような形で、
そこを避けて通ってるようにしか見えない。
