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英語は真っすぐな言語ではある。

それのおかげで、言語インフレを起こしてる言語からの翻訳は大変になる。

翻訳サイトを経由してのことだが、言い回しが大変に感じる。

 

しかし、その真っすぐな言語だからこそ・・

ネイティブほど「思い込み効果」がすごく通じてしまう場合がある。

例えば・・

音楽を聴いていた子どもが「殺人」などを起こした事件もあれば、

日本の右向け右とも違うほどに、連携が取れてるように思えるほど思い込む。

 

ペリー来航からの歴史情報だが・・アメリカは「恫喝文化」らしい。

自分が正しいと思って行動しやすいのも、英語の真っすぐな言語観ではあると思う。

思い込めば徹底して考えない、とにかく頭ごなしだったようだ。

そこの時点からでも、戦争好きが窺える。

当時の日本人が、すごく丁寧に説明したため、最小限で事なきを得たって歴史。

 

英語だから、歴史的にも風潮が続いてしまうのだろう。

 

現代でも会見で、いちいち怒鳴ってるシーンがよく見かけるのは「恫喝文化」が

左右してるとも言える。

負け惜しみだったりすることさえ、威圧的に会見する。

それを見た同胞が、感情だけを優先でくみ取って、言葉を次にくみ取るため、

デモが起きやすいともいえるかもしれない。

 

言い回しに柔軟性や対応力が効きにくい分、ほか言語がストレスでしかない

そんなイメージもついて回る。

丁寧に説明できないと、イスラムの問題などが大きくなりやすい。

 

逆に「日本がなぜ平和なのか」っていえば、言語インフレを起こしながら、

状況の本筋を変えずに口調を変えてるから、歴史的に長く続くという想像がつく。

 

江戸時代の口調なんて、歴史好きしか気にしないでしょうし・・、

歴史資料を見ても、地域同士でのイザコザもあまり起きないだろうからね。

無駄な争いも避けて、歴史を知るものを安定させるには、

日本人が日本語を魔改造しながら、時代を歩んで、口伝を多くすることで、

歴史的な「平和」が成り立つ。

その分、同調圧力がすごく発動しやすい。

改造し続ける言語のブレが安定しにくいからね。

声としての役割が強く、文章としての役割はややこしい。

 

アメリカの社会科の先生は、すごく混乱してるようだ。

アメリカ湾・・。

「これを説明しないといけないのか!」って、教師陣のやり取り・・

横のつながりがすごい。