閲覧、いいね ありがとう愛してる。
日本のアニメは「ないものねだり」を描写したものが多い。
と、過去に何度か書いたが・・。
ドラマは、確実と言っていいほど・・「理想」を形にしてる。
そして、その理想とは裏腹に「国民性」の現実の方向性が見えてくる。
日本のドラマは、基本的に「人間関係」がいいよね。
殺伐とした雰囲気の現実とのギャップで、明確で分かりやすい、
そんな人間関係を理想としてる。
ドラマをよく見る人はそういう人間関係が理想で「実現したい」と
願ってるのだろうと思う。
恋愛系の漫画と同様に、一方通行になったとしても、
笑いあえる仲の人間関係が理想として、手本書・基準を作ろうとする。
大丈夫。
昭和のドラマは、圧倒的力というイメージで、戦時中の心が残っているような形。
韓国のドラマも人間関係だが、恋愛系の漫画の寄りの考えに近いと思う。
トキメキを得たい人とか、仕事で忙殺されてるときに見るほうがいいみたいな形。
国民性ではあるよなぁ・・。
兵役などで、そこそこ束縛されてるが、人らしいことをしたいという願いがある。
ちょっと日本のドラマに近いのは、兵士的な労働が日本で繰り広げられてるから。
アメリカのドラマは「暮らし」を理想としてる。
アメリカは、会社のトップが絶対的権限を持って、実は時間的余裕がないため、
人間関係の理想は叶えにくいと感じ、組織の馴れ合い度ぐらいは理想として、
小休止を少しでも大きく見せるために、ドラマでは小休止が多く、
現実はそれしかなかったり、時間的に小休止が叶わなかったりするようで、
そして根を詰めすぎてるために、肉体的活動に走ろうとしたい流れで、
エロシーンも多いと考える。
ドーナッツ食べて、喫茶店でゆっくりコーヒー飲んで・・、
なれ合いの人間関係で楽しんで・・その形が理想なのかもしれない。
インドのドラマは知らないが・・・。
ずっと踊ってる気がするから、ずっと踊っていたいのだろうな・・と思う。
人口が多い分、人目を気にしてやりたいこともできないから、
本当は人目を気にしないでやりたいことをしたいってのが理想なのかもしれない。
◆
結果的にその時代に合わせた国民性で「足りないもの」「理想」がドラマとして、
人気になりやすいのかなと思う。
ドラマ好きな人は、ずっと映像上で共感しつつ、自分探しをしてるようなもの・・。
それぞれの国民性の視点としては、キレイすぎる状況ではあるから、
本当に理想みたいな形で、それぞれの国で法に触れないような内容で攻めるのかも。
私の仮説だけどね・・。