SNSなど発信する場所の多い人、発信の色が強い人をみてると、
「一知半解」を必死にしてるような人なんだなと思う。
必死に理解してもらおうとしてるが、
知られてるだけの存在となってるがために、
発信の色や場所が多くなりがち。
子どもの「みて、みて、みて」のしつこい感じと同じで、
イラっと来る時がある。
弁解する必要のないことまで弁解するような形になって、
無駄話と化して、人の時間を奪い続けて、
他人の好奇心や挑戦意欲まで奪って、
こいつら、何をしたいんだって思う。
そういう意味では、動画配信は迷惑だなと・・感じる。
寡黙作業のDIYと、伝統系、音楽配信以外は、
撮影の余力分を別の力に行かせよ・・って思う。
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最近思う、某はじめしゃちょーの生霊がウヨウヨ居るのか、
ファンと思しき人の顔が、
みんなその人になってきてると・・。
目つきから、頬のコケ方から、前髪の感じから、全部似てきてる。
あまり人をミラーリングするもんじゃないね。
口調のコピーは第一段階だけど・・、それから顔や振る舞い、態度が似てくる。
風水で人物画を掲げないのと同じで、
その作家の生涯に似た経験をしてしまう可能性があるから、
好きで心酔すると似てくる。
それを考えると・・
そういうファンの人は自分の道を歩んでいないとも見れる。
動画配信者が、社会不安症だけど愛せるなら、
そういう人のコピーになってしまう可能性あり。
動画配信が、無機物で鏡のように映る存在なら、
自己洗脳が起きやすい。
16歳未満の子が動画配信にのめり込むと、
動画配信者の生き方をコピーして、
精神的なものが貧弱化してることに気が付かない。
社会の流れが乱れる。
だからこそ、そこに宗教が入って、
「偶像崇拝の必要性」を伝える必要がある。
対象の「像」の生きざまが厳格化されてるから、
その「像」に倣うことになる。
生きた人間を崇拝しても、コピー人間が増えるだけだから、
元本が面倒な人間なら、複製も面倒な人間を増やすだけで、
「争い」の元になる。
甘んじてる人間ばかりになり、甘んじた人間としてのコピーしかできない。
引きこもりをコピーしていたら、引きこもりの精神性になるのは当然。
精神は生まれた土地だけが要になり、そこからの精神的な研鑽はなく、
動画配信にのめり込めば、口がうるさいだけで、精神面が弱くなる一方。
動画配信は、大人の背中にはなりえない。
子どもの層を相手にしてるために、追ってるのは子どもそのもので、
精神が幼いままになるのも無理はない。
単なるアイドル活動の距離感ならまだしも、
しつこく毎日見れるような状況は、ミラーリングをする環境が整いすぎてる。
若者を奮い立たせるには、動画配信を制限する必要はあると思う。
本当の自分で戦えていないように思える。
すぐストレス発散するようなら、精神的研鑽がまだまだ・・。
