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やはり、今の工場勤めは辛いな・・。
人嫌いが強く再燃してる。
いくら歯を食いしばっても、他人都合で、独断専行の幅も狭いと、
人間性の生きる幅を狭くしてる感じがとてもじゃないけど苦しい。
自分都合の仕事で、独断専行が効きやすい仕事は、
今で言えば、ホワイト企業だろうと思う。
少量生産や受注生産だと、すごく良い。
誰のための仕事かはハッキリする。
他人都合の仕事で、独断専行が効きにくい仕事は、
今で言えば、ブラック企業だろうと思う。
さらに言えば、他人都合でも「会社都合」+「得意先都合」+「消費者都合」
それらが重なりすぎてるのは、ブラック以上のブラックだとは思う。
人間性が阻害されて、人間的に身動きが取れない。
それが低賃金で、長時間労働だったら、何のために生きてるのかわからない。
誰のための仕事なのか、ハッキリしない。
「お客が見えない」状況で、無尽蔵に労働しないといけない状況は、
「人間をやめろ」と言ってるようなものだろう。
それだと、誰も彼も人嫌いになるよ。
自分で手掛けたものも愛せない。
◆
それによって、寄り添ってほしくはないと感じるようになる。
寄り添われたら「どうせ君も裏切るでしょ」って感情で怒りが込みあがる。
何度か書いてるが、街中で不適的に暴れて「誰でもよかった」というのは、
お客があやふやな環境で働き続けてるからだとも言える。
この感情は、どうしても発散はできないようだ。
そういう類の人間になりえるような感情になってるから、私自身が怖い。
他人都合で働き続けるのは、抑え込めない感情が沸き上がりやすい。
私のプライドが高いのではなく、周りの働くプライドが低すぎる。
3Sも、ろくにできないならそうだろうと感じる。
人が整理整頓したものを乱したままどこかへ去るのは異常だと思う。
丁寧さに欠ける、そういう人たちにも囲まれるから余計に憤りを感じやすい。
しかも、仕事は一族経営のようなものだから、出世不能だから、
リーダーシップまでは行かないにしても、自分の意見を押し殺してる状況が、
自分の能力に硬く封印をつけてるような感覚も嫌なのよ。
こういう大量生産系の工場とか「個性を殺す働き方」は「ザ・地の時代」だから、
ヤバさしか感じないし、震災が起きればキレイになくなるのかなという・・
経済経済うるさい人にとっては不謹慎かもしれないが、私は安心感を感じる。
大量生産の製造業は、経済経済とうるさい人の自己都合で
生み出された産物のようなものだと感じてる。
◆
固形物を煮込んでも、固形物の個数でしかない。
液状のものを煮込んでも、液状の杯数でしかない。
前者は、大量生産向きではない、作り手が損する働き方で、紙業や繊維業など。
はっきり個数がわかっていても「多かろう少なかろう」の一括りで、一件分の加工、
販売店の受注が一定になれば進めれる。
時間にも気持ちも余裕ができにくく、低賃金で長時間になりがち。
作業にムラがあれば、作り手が販売店からも会社からも攻め立てられて、
気持ちが追い込まれるために、家庭や街中で発散してしまいかねなくなる。
作り手に安心感がない。
後者は、大量生産向きで、作り手も会社も得する働き方で、飲料、酒造など。
加工後にタンクに詰めておけば、そこから小分けすればいいだけだから・・、
時間にも、気持ちにも余裕ができやすい。
他人都合ではあるが、依存性があり、お客もハッキリわかるから、
暴走もしない安心感がある。
◆
そして、今。
ノーワクチンで人嫌いに陥ってる中では、文明的に人間としての活動ができないと、
ふと思って、あぁ、人離れを完全に起こしそうになってるなと思った。
引き寄せられた「ダンス」があるが、それは人に魅せれて、ようやく成り立つもの。
しかし、人嫌いになっては、見られたくはないと感じるから矛盾を起こしてるが、
人としての一面を必死に気持ちが取り持とうとしてるとも考える。
コメントで悲しい思いをした一件から、感受性やワクワクが湧きにくくなってる。
人から裏切りを受けたと認知してしまった時点で、人間性が捻くれてくるのだろう。
今の仕事をしてても、しかめっ面が治りにくくなってるし・・。
他人都合もいい加減にしないと「平和」は実現不可能。