スポーツ・・概念としては好きではないけれど、
選手として・・
今日、テレビで観た。
パラで、走り幅跳びの「中西麻耶」選手かなぁ。
キラキラしてた。
「好き」の距離感を保ってるんだなと思う。
テレビでしていたのは、
パラスポーツは、コーチや場所が少ないというもので、
サポーターが自分の物語に登場するか、否かで、
選手生命が変わるみたいな話だった。
あとは資金源とか、いろいろ課題が挙げられた。
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パラスポーツは、
漫画・アニメの「ヒーローアカデミア」のように
極端な個性集団の形だから、
継承型ではあるが、バトンを誰に渡せるか、
それが途切れたら誰が代役をするか・・
託せる人がいないなど、
そういう継承の在り方だから、
コーチがいない問題は、そこがね。
(誰もかれも、同じ部位を欠落するわけでもないし、
元の肉体の筋力量と運動量もかかわってくるため。)
コーチではなく、
本人が研鑽する力がある、するべき点を知ってるなら、
サポートだけでも良いと思うね。
あとはテクノロジーを少し利用するだけ。
「スポーツ介助」というべき、在り方が確立されるか。
生きてる人間なのだから、練習場所はどうとでもなる。
アレルギーや発作が起きるような病ではない限り、
簡単な会話で入れてもらえるだろう。
パラスポーツをする人の多くは、言い方が悪いが、
知的障碍者のような人が
自分を分かっておきながら馬鹿なふりをする人ではないから、
良識はあるし、場所は空けてあげてほしいね。
パラをする人は、事故系が多いと思われるから、
先天性との住み分けも必要なのだろうけど、
先天性の人もパラはしてるか・・。
私の中では
できる範囲のランク分けをしておかないと・・
パラは整理がつきにくい。
人によって態度を変えるな・・という考えでは、
少し厳しいものも感じる。
容姿と態度は第一印象で、変えれない部分が目立って、
私は視覚的な耐性がない面は多い。
小学生時代は、そういう子らとは普通に接することはできたが、
耐性というのは、離れると極端に下がるものよ・・。
◆
クラウドファンディングだと・・
パラスポーツのプロジェクト支援は、達成率が少ないから、
知的障碍者の馬鹿なふりをする人との違いを差別化しないと、
達成率は上がらないのだろうと私の本音としては思う。
一緒の括りになっていたら、耐性のない人は寄り付かないよ。
蹴落とし的な差別ではなく、住み分けとしての差別の考えがないと
支援がしにくい面が強いかも。
特に「CAMP FIRE」はプロジェクトの数に対して、
達成率の少ない状況。
「レディーフォー」は手数料か何かのハードルで、
プロジェクトがあまり登場しない。
ほかのクラファンは知らないけれど、そんなに多くはないかなぁ。
なにくそ精神で這い上がり、健康体と張り合えて、
人間味のある、パラスポーツを応援してあげてほしいね。
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テレビで
「中西麻耶」選手の前に紹介されていた「車いすテニス」は、
コーチがいないなら、
小学生・中学生テニスの練習相手をすればいいと思った。
切磋琢磨しあえるし、お互い体高が似てる状況だから、
熱中症関連にも気づきやすいだろうからね。
そうすることで、
パラじゃないほうのプロテニスを生み出しやすいと思う。
小学校・中学校のテニス部の外部委託をするなら、
パラスポーツの車いすテニスの人に任せればいいとも思える。
足の使い方だけは、プロテニスの人に習うだけで良いからね。
