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どこかのテレビでしていたが・・学校で防犯の特別授業をしていた。

昭和止まりの授業って感じで不快感すら感じた。

最も「知らない人」が防犯の講義をしてる様は、恐ろしさ。

その光景は、擬人化した「フィッシングメール」とも見える。

 

最大に思うのは、やはり・・

客観的に見ても「不審者」「知らない人」の定義が曖昧だな・・と感じる。

テクノロジーを駆使してもわからないことだと思う。

 

「サングラス」をかけていれば、不審者?・・それは違うだろ・・。

盲目の人かもしれない、化粧で目の周りの肌が荒れてる人かもしれない。

目の治療中の人かもしれない。

「マスク」は気管・肺周りの病気餅かもしれないからそれは別だろ・・。

 

全力投球で特別授業の想定を受けていた、こどもが居るけれど・・

痴漢の冤罪と同じことになるよね・・って改めて思った。

むしろ、冤罪の示談金で稼いでる子を生み出してるようにも思える。

 

生まれたての赤ちゃんの段階から「知らない人」に囲まれてるのだから、

その時点で疑って逃げろよ・・って思う。

究極の防犯はそういうことだよ。

「こどもの防犯」は限度と言うより、そもそも「できないこと」で

本人の認識・自我があるかどうか次第なのよ・・。

 

平成世代の人は「友達作り」が下手なのだよ・・。

インターネット世代だからとか・・ではない。

「知らない人についていかない」は「知らない人に声をかけてはいけない」で、

友達づくりの積極性を奪ってしまってる。

そうまでして「こどもの防犯」を高めたいのかなと思う。

昔ながらの地域のつながりがあれば何でも良いようにも思えるが・・。

変な防犯意識のせいで、社会人になっても友達ができないのよ。

柔軟性のない思考、スマホ脳になりやすくなってる。

 

友達作りが歪んで、闇バイトに手を出すんでしょ。

(他人に話しかける好奇心だけは買うが、行いは良いものではない。)

 

祭りの文化の衰退もここにあるだろうし・・。

テクノロジーの発展や少子高齢化だけではなく・・

「知らない人に囲まれること」だから、状況を否定しやすい。

それを我慢すれば「パニック障害」の軽度のものになるし・・面倒だと思う。

 

時間軸を無視した輪廻の流れで、

赤ちゃんが生まれたて泣くのは「知らない人」に対する対策だからだと思う。

 

ほかの生物でそれをすると・・天敵に見つかって餌食になるでしょ。

親探しの声はあっても、それ以外はない。

人間は逆で、最初から天敵に囲まれてるから、声で追っ払いたいだけ。

 

こどもの段階で「お金の概念」はある程度、潜在意識で理解してるから、

買ってもらえると知ってる。

それと同じで前世感があるから、いきなり知らない人に囲まれたら叫ぶだろう。