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今日は少し気持ちがしんどいなぁ。
他人都合の仕事は、3年が限度かもなぁ。
他人のわがままを聞くことを優先するのは、2年が限度かもなぁ。
大量生産の製造業は「わがまま」「他人任せ」と「押し付け合い」で
成立してるものだから、人が定着しないのも無理はない。
◆
リレー形式の製造方法で分担を強制してるような工場は、
「最小公倍数」を理解しないといけないと思う。
1人以上で1基の設備を回す持ち場と、1人以上で3機以上の設備を動かす持ち場。
それらがある中で、1人で2機や4基を動かす状況になれば、
当然、状況は1:3:2(or4)なので、最小公倍数で考えれば、
最後者が割に合わない仕事量を請け負うことになる。
仕事は蓄積型になっているので、なおさら、詰まれば詰まり続け、疲弊を起こす。
ここでも書いたけれど・・
設備投資は、あまり意味をなさない。
どこか絶対値で、孤立作業で「詰まる」持ち場があるはずなのよね。
そこを起点で設備を合わせに行かないと・・。
複数人で作業して、ボタンだけのような持ち場を起点としたら、
処理が速すぎて、孤立作業の持ち場がしんどくなるのは明らかだと思うのよね。
何基ほど増減させればいいか、あるいは速度はいかほどのものにするか、
リレー形式のほうが最小公倍数の考えで動くから考えやすいはずなのだけど、
単独・孤立作業を無視する癖が、体質が染みついた会社だと考えないだろうね。
複数人で取り掛かる場所を優先で設備入れ替えを繰り返す・・。
設備の入れ替えや速度調整は、事務の役割でも経営者の役割でもない。
現場の役割で、工場長に知らせて、動いてもらうみたいなところ。
事務にさせていたらデタラメなことをし始める。
作業動線もかかわるけれど、やはり最小公倍数だなと感じる。
次段へのつなぎは、1:1か2:2になった時が早い。
相手が「3」の倍数か「5」になると極端に作業速度が落ちる。
それに加えて、製品に対しての誇りや情熱が加われば、
正しい生産ができるはずなのだけど・・頭ごなしな生産になるよね・・。
販売業にペコペコして売ってもらわないといけない。
作り手としては、それは侮辱的だと思う。
◆
数学的に製造業を社会的に立て直すなら、
「整数の積」ですべての持ち回りの設備や人の動きを計算するとよいかもね。
そこから、最低時給からの計算ではなく、労力視点での時給を割り出して、
それぞれの平均作業点数を考えて、1日の上限件数を設けて、給料を出す形。
今の大量生産は、雑も雑で・・。
紙業と繊維業とその関連が社会的に見ても、まともな計算で、
作り手の給料を出していないと思うのよね。
長時間で低賃金にしてしまってるために、人手不足の一因につながる。
給料と製品の値段を再計算したほうがいいのよね・・。
ぐずぐず過ぎる。
◆
大量生産の考え方がサービス業なら、
直営店は必須で、他社に任せれば、それは横流しとか転売よ・・。
だから「せどり」「買い叩き」になって、セールばかりされてしまう。
サイクルが成り立っていないからね。
