ネットは仕方ないとしても、
スマホや音楽は、切り離す期間は必要だと感じる。
目のほうでは「視覚失認」「失読」
音のほうでは「APD」「失語」
生活のテンポの乱れ
これらのリスクがあり、
「人の退化」でもあるから、
人知を全く超えていない「AI」が脅威になって、
「AI」が神のような存在になってきて、
その意味のない恐怖心から、心酔と依存を繰り返して、
人間性が堕落していく様が見えてくる。
いつか「AI」を「神のお告げ」と言い始めるのだろう。
そして紀元が変われば、同じころには、
神なんて居ないと言い始めて議論になり、
その時代の「AI」を発達させて・・次の紀元・・。
その繰り返しの時間軸も見える。
少なくとも、音や光のストレスは、
善意でも悪意でも行き過ぎれば、
病になってくる。
人間の最小限の能力が、貧弱化する。
特に変異するわけでもなく、
ただひたすらに貧弱化。
日本人が日本語を理解できなくなってきてるのは、
手紙の文化をなくそうとしてるから。
職人なら、
一定個所の脳がバグったり、亜鉛が足りない、海馬の萎縮などで、
傾聴力、言語が使用しにくいのはわかるが、
ほかの職種の人がそれに陥るとなれば、
テクノロジーの誤った使い方によるものだと確信できる。
頼りすぎもよくない。
人が作ったものは、人の分身でしかないから、
人知は越えれない。
結局、良き相談相手は人でしか務まらない。
完璧な答えが出るだろうけど、
それは人生を楽しもうとしてないから、
つまらなさそうだなと感じる。
花でも、七分咲き前後がよく香るから、
相談の回答もそれぐらい参考にできるものが丁度よい。
もどかしさで、自分で見つけれる力がつくから。
