課題・・うーん。
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動画配信の寿命が来るまでにすることは、
「過剰な懐古」と「誘惑」を人類が克服して、
SNSのような間違った方向性で自分をさらけ出さずに、
丁寧に自分の欲をコントロールすることだと思う。
それが「SNS」と「モモ」の間に位置するちょうどいい
生き方だと思う。
経済に捕らわれていたら、自分はいつまで経っても出せない。
自分の欲を過剰にまで引き出して、他人にさらけ出すのは、
周りを見ていない証。
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目移りするものが多ければ多いほど、
それに対する克服や修行を意味合いは強いと思う。
少なければ、より濃度の濃い修業が必要。
動画の懐古心をくすぐるようなものが出やすくなってるということは、
懐古も過剰になれば薬物化して、
喫煙と同等の依存度を促してしまう。
◆
動画配信者の視点では、
動画そのものは「未来」に託してるもの。
視聴者の視点は、
動画は「過去」のもの。
そんな「未来」と「過去」にすがってる状況で、
「現在」をこなせるほどの器用な人は少ない。
「過去に囚われない」系統の名言集では、
「過去に囚われずに・・」から入ることが多いが、
それは「ラッセルのパラドックス」を起こしてる。
「過去に囚われないで前進する」は、違和感でしかない。
根性論でも難しい。
