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生まれてこの方、スマホやケータイを持たない私。
自室に「時計」は「目覚まし用だったもの」が1つあるだけ。
アラーム音が死にかけてダメになってるけれど、電波時計なので、
置時計替わりにしてる。
折り畳みの手のひらサイズの時計。
しかし、時々、時計が裏を向いて寝転がってたり、見失ったりするのよね。
時間を確認したい時ほど時計を失う。
「時間を見ない生活」に近い。
自室で「時間を知る手段」は、パソコンもあるけれど・・
立ち上げていたら知れるが、立ち上げてないと時計を探す旅になってしまう。
ほかの部屋にはある。
ひと昔に「掛け時計」はあったが、部屋に不釣り合いという理由で処分した。
自室には「目覚まし時計だった時計」しかない。
ほかにも置時計はあるが、舵輪のオブジェとしての役割。
◆
普段から時間に追われて、時間を考えないようにしたい思いがあり、
そんな中で時計をなくして、時間を探す旅に出る・・。
「「自分」という存在を再認識せよ」ということを遠回しに
伝えてるようにも思えて、スピリチュアル系のサイトで読むと
「存在意義を知れ」とか・・そういう内容だったりする。
時間に対しての「変な焦り」が起きてる。
普段から自我が飛びつつ、自我が極端に出やすい時もあり・・、
仕事が仕事なだけに、時間的な情緒も不安定。
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野性的なことが生物としての軸足がある。
時を知ることが人間としての軸足がある。
その差分を考えて、時計を最小限にとどめて、
太陽や月の動きを観測して、その日と過ごすやり方。
ただ、仕事は時間で縛られてるので、
それをしないとずっと夏は働かないといけない。
「古代エジプトの奴隷感覚」が収まらなかっただろう。