アニメのブリーチをしてる影響で、
「藍染惣右介」について改めて考察してみた。
動画でしてる「読者の反応集」では・・
「斬魄刀の能力と不釣り合いで、実はゴリラ戦法を使う」
というのが目立つ。
ストーリー通り、それなりの話術、霊圧などは達者で、
鬼道なども長けている。
ほか
「市丸ギン」や「東仙」という不遇な人物との絡み。
支配されることへの強い憤りスイッチが入りやすい。
頭脳戦は少し苦手。
人間の「ドン観音寺」をよく思ってること。
「山本元柳斎重國」を少し警戒しながら戦う場面がある。
初代護廷十三隊の初期メンバーは、荒くれ者が多い。
◆
そこで思った。
「藍染惣右介」の生い立ちが見えてきた。
幼少期は・・
「アダルトチルドレン」か「家柄の束縛」」で、
家柄から逃げまくった結果強くなったというオチ。
頭脳戦が少しできない理由にもつながる。
初代護廷十三隊の時代から少し経ったとしても、
荒くれ者の集団を改善できていないイメージもできる。
霊圧で威嚇していた分だけ補強されたのだと考える。
、
「過去の自分があるから、今の自分がある」という考えが
取りにくいキャラでもありそうだから、
話術でカバーしてたのだと思う。
そうした「脅威」(家柄)から逃げるための力として、
「鏡花水月」が生まれたのかもしれない。
卍解は不明だが「自分がなりたい者になる」が、
卍解ではないかなと思う。
それで「イケメンでゴリラで眼鏡」に姿を変えたとも考える。
よって、このセリフが生まれたのかもしれない。
「勝者とは常に世界がどういう物かではなく、
どうあるべきかを語らなければならない」
今まで、家柄に束縛されて者扱いされてきた分、
姿を変えて「どう在るべきか」と語ろうとした結果、
今の姿に落ち着いたというイメージ。
仮にそういう卍解だとすれば、
本当の姿は、貴族系の女性で「美人」なのかもしれない。
家柄で、すごくストレスを受けるほど、縁談の話とか、
作法の話とか・・かなり縛られてきたのかなと思う。
その反動が話術に来てると言えそう。
家で起きてたことをピンポイントで相手に振りかざしてるともいえる。
年齢も姿で誤魔化してるとすれば、
まだチビッ子の段階で、その姿になったと考えるため、
成長しきれない少年の精神が少し残ったと思われ、
「ドン観音寺」に惹かれるのだと思う。
自分自身に完全催眠をしようとしても、限界はありそう。
