どういう環境が望ましいか。
矢印解釈は文字列的なイメージ。
希望的観測の「職業」と「家庭」
→ 純粋ポジティブ、人生が進む感覚が気持ちよい
絶望的観測の「職業」と希望的観測の「家庭」
→ ブラックでも頑張ってしまう、自己欺瞞に誘導されがち
希望的観測の「職業」と絶望的観測の「家庭」
→ 親の意向が強めだが仕事場が好きな状態、ギリギリ相談相手は居る
絶望的観測の「職業」と「家庭」
→ 親の意向が強く、仕事もブラックで、相談相手がいない、人生が進まない
希望的観測と絶望的観測が入り混じった「職業」か「家庭」
→ 共依存に陥る、毒持ちに支配されがち、それが当たり前だと思ってしまう
希望的観測と絶望的観測が入り混じった「職業」と「家庭」
→ 認識の違いを見いだせず、村八分を起こしてしまう側
◆
大人になっても、縦社会や主従関係を考えていたら、
親子関係のように悪い面も吸収して、
「カエルの子はカエル」で、会社で起きたストレスを家庭に持ち込みがち。
それが「絶望的観測」の家庭を作り出してしまう。
会社で苦しんだことを家庭で吐き捨てて、
家庭を苦しませる結果を生んでさらにストレスになる。
いつまでも「そういう扱いをしたがる家庭」を作り出してしまう。
今の社会が変わらない限り、いろいろ改善されない。
たかが1社のブラックがホワイトになったところで、
仕事のしわ寄せで、他が黒の濃度が高まる。
商品の値段、価値、労働単価は全部見直さないと・・
いつまで戦後復興のままなのだって思う。
努力は報われない社会を作り出してることに気が付いてるくせに・・。
絶望的観測をばら撒いておいて、
「結婚しろ」とか「子孫繁栄」を目的とした手当をよく出せるよなぁ・・。
時間がない上に、無用な経済回しで人生をネガティブにされてるのに、
低賃金で・・時間に縛られてばかりでは、個人消費はないに等しいし、
会社が会社なら、離婚率も高めてしまう。
今の社会は、100人中95人に過酷な労働(過剰生産の仕事)を与えて、
3人だけで経済を回そう、2人は不労取得・・って流れ。
私視点は、社会は意味のないことをしまくってる。
◆
都会と田舎
都会は、人が多いから伝言ゲームはズレて発信されるため、
村八分にはなりにくいが、密集してると発信されたものは、
伝言ゲームにはならないため、真実と受け取る。
田舎は、人が少ないから伝言ゲームではズレが少なく、
すぐに広まり、村八分はすぐ起きる。
密集してると目の前の出来事が当たり前と受け取る。
場所が離れすぎてると、無関係と思うのはどちらも同じ。
◆
ひと昔は、女は「目的」、男は「夢」を追えば、
容姿が若々しいままで居られやすい。
(青春やロマンを追い続けるほうが良い。)
今は、職業次第では、年を取った時、容姿が一気に老いる。
人生の目的や夢が「仕事」に縛られてる人ほど、
引退後に体が弱る。
自分の目的や夢を諦めない人は、老いにくい。
容姿も体力的にも内面的にも。
ボケたとき「この人に、いじめられる」とブツブツ言うお年寄りは、
仕事に縛られすぎて、仕事中に社会からのいじめだと思いながら、
仕事をした後に引退してるはずなので、その脳のストッパーが外れて、
「当時」、思ってたことを口にしてしまうと思われる。
その人が現役時代の仕事が「お客の見えない」仕事であれば、
「この人にいじめられる」というのは、筋が通ってるのよね。
消費者が見えないのだから、無差別に「いじめられる」と公言するのは、
致し方がないと思う。
お客が見える仕事でも、細かい要望に応えようとするものであったり、
認識の違いで要望が噛み合わなかったりすると、そのストレスを抱える。
休日になると蓄積疲労感があるぐらい重い感じであれば、
仕事重視になりがちで、将来はパーキンソンになるかもしれないから、
人生の目的を自分軸にしないといけないと思う。
何かしらの楽しみは持ったほうがいい。
映画や動画鑑賞以外で、芸術制作やダンスなどで、
自己肯定感を高めて、絶望的観測を吹き飛ばしたほうがいい。
お年寄りになったときに、弱り切らない体づくりへの貯金でもある。
働かない選択をしてる人は弱らずに長生きできるが、
逃げ続けてる人は絶望的観測しかしない傾向で、
擁護され続けてる人は希望的観測の傾向で、
老後には楽しみを見つけて新鮮味を感じて、目を輝かせる。
私の仮説。
