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朝していた「題名のない音楽会」の少し感想
服部百音さんがクラシック以外のジャンルに挑戦していたが、
ヘヴィメタルのところで、あのまま「ゴジラ」して欲しかったなという印象だった。
(クラシックの人は、ジャズに流れていく印象があったけれど意外だった。)
あと番組にはなかったが、クラシックの派生としてのヒーリング曲をして、
斎藤アリーナさんと組むと面白そうと感じた。
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「喜怒哀楽」の解釈
他人都合で苦楽を裁いてる自分視点で発生するのが、「喜」
他人都合で苦楽を感じる自分視点で発生するのが、「怒」
自分都合で苦楽を思い出す客観視点で発生するのが、「哀」
自分都合で苦楽を回避したい客観視点で発生するのが、「楽」
体育会系の人は、「喜」の域に行きやすい。
大量生産系の作り手は、他人に振り回されすぎて「怒」しかわかない。
自分都合でわがままな人は、「哀」止まりで人生の進行があまりない。
自分都合で結局何をしたいのか方向性がないのは、「楽」をしすぎ。
悲哀感は人生を病ませてしまう。
しかし、哲学的行動や思考になるため、冷静に物事を文学的にみる、良い面もある。
(「精神疾患が表に出やすくなった = 哲学人間が増殖」この時期は被ると思う)
喜楽は、天賦の才能があるが故に起こりえる思想。
目移りしてる間は見つからない。
一途一芸が何よりも最高、ほかの趣味や思想に理解を示しにくくなる欠点はある。
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動画配信の一部は、自分都合で他人の好奇心を消極的にして、
自分さえ良ければいいみたいな部分で楽しませてるように見せかけてるだけ。
動画配信もブログも、行きつく先は同じ。