心の壁ができたきっかけ

 

低賃金で忙しい仕事に就くと「結果論」の人生になってしまうこと。

 

そして、体操選手や楽器演奏者の「動画」を見ると

「過程論」を重要視しているため、そこに思考の混乱が生じて、

「形から入ればいい」とか、「保管だけ」になってしまいがち。

「過程論」は、ある種の挑発になっていて、

そこに反骨心が生まれて、衝突の要因になりかねない。

 

体操選手の過程論は「身体機能」が課題なので、まだ許せるが、

楽器演奏者の過程論は、身体でもない課題なので、受け入れがたい・・。

 

持続できていない自分にも腹が立つ、悪循環。

そして、多方面に反骨心を抱いて多趣味化して不器用になってしまう。

その分、知識量は多くなるため、

一途一芸の思想とは全く違うようになっているので、

過程論は体操以外は通じないぐらいの思想化になる。

 

2500時間の法則や1万時間の法則もわからなくもないが、

1日7時間を3年繰り返せば、とりあえず良いということ。

学生時代のように時間がないから余裕はないけれど、

できなくはない範囲でやるならそれぐらい。

 

人間関係が築けない理由の1つかもしれないけれどね。

この結果論と過程論のバランサー思想はね。

どっちの良さも悪さもわかってるから、もどかしくもあり、

どちらか強く言う人は避けたいと思うようになるから。

 

対人の恋愛もできないものなぁ。

対物の恋愛も、つまみ食いしすぎて最近パッとしない。

方向性も乱れる。

何らかのターニングポイントかなぁ。

 

人が近寄ればハッキリわかるけれど、今回それがないから、

ターニングポイントなのか判別がつかない。

 

 

 

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