ありがたい夢が見られそう

 

夢ね・・。

 

 

写真、ビデオ・・

パソコンの使いやすさとともに普及してきた文明。

 

私の中のイメージとして、大まかな年代

 

1970年まで

写真・ビデオは、その職業の人が使うもので

高価なものだった。

 

1980年まで

写真・ビデオは家庭に普及して、

理解は得られないけれど、父親が撮るもので高価だった。

 

1990年まで

写真・ビデオは家庭に浸透し始めて

その存在価値に理解が及び、父親も母親も撮るようになり、

知識のある子どもさえも撮れる感じだった。

しかし、高価だった。

 

2000年まで

写真・ビデオは重要性を増してきて、

ある程度の知識さえあれば、撮れる代物になってきた。

まだデータとしては残しにくい媒体でもあった。

使い捨てカメラなどで浸透しやすくなった。

 

2010年まで

写真・ビデオは浸透に伴って精度も上がってくる。

誰でも操作できるものになってきた。

デジタル一眼レフ1つあっても十分活躍できるほど。

 

2020年まで

写真・ビデオは確実に必要な文明になってしまった。

スマホ1つあってもいいぐらいだと思うが・・、

デジタル一眼レフの技術も上がって、

ビデオだけの媒体は特殊な場面以外、家庭向きでは不要論になりつつある。

デジカメとパソコンがあれば、ビデオと同じことができるから。

 

これまで、訃報などの情報は、CDやwiki、新聞などの過去を見ないと

知る由もなかったものがビデオに撮って、

それを動画としてアップロードすることで、

その人が生きていた「時代の証」が残せるようになった。

 

父親が撮る時代で止まってる家族にとって、

写真やカメラは、すごい発展と普及を遂げてるよ・・と言いたい。

 

「思い出でしかない時代」と「見れて当たり前の時代」

その狭間にいると文明に、ある程度感動は覚える。

 

悪く言えば「静かな侵略者」とは、このことか。

パソコンの「普及」と「利用しやすく改善」されてきたこともすごいけれど、

カメラも重要視したほうが良い。

 

家族写真を簡単に取れる時代にしてくれた

技術者・メーカーに感謝したほうがいい

マジで。

 

父親が撮ってくれた「写真」や「ホームビデオ」は、

数がない私。

幼少期のころの写真は、ほぼない・・

というより、私自身が自分で捨ててしまってる。

ホームビデオは、デッキもなく、

テープはカビで劣化して捨てざるを得なかった。

 

祖父母や父親の写真は、

「親戚の集まりの集合写真」と「遺影」でしか確認できない。

 

その前の時代の人はもっと残ってないだろうし・・。

技術はすごい。

 

 

 

 

 

 

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