お金の使い道といえば

給料は月20万円と想定。

()は、万単位。

 

自分への投資は、そんなにしてない(0~4)

唐突なモノづくり系の趣味発生(0~3)

1か月のジュース代(2~3)

家に関してのこと(家に入れたり、消耗品の購入など)(7.5~9)

寄付や支援など(3~10)

 

計画は良いけれど、労力の割に低すぎる給料が原因。

 

保険は個人的に入っておらず、ブランドものに欲を掻き立てられず、

貯金もできておらず・・。

 

仕事では疲労困憊になることが多く、

「自分の存在」を維持する努力だけしかないため、

自己投資する隙もない。

休みは本当の意味で、寝るほうの休みになる。

 

「幸福追求権」の負を感じる仕事量と束縛。

「職業選択の自由」と「労働の義務」に目を行きがちで、

それが脅しの材料にもなりやすいけれど、

「正社員であるべき」というのは、幸福追求権を無視して、

本人の意思も無視して、「自白の強要」みたいな進路体制が

暗黙の了解で通り過ぎている。

 

個人を幸福にさせないように誘導してる家族がなんと多いことか。

そんな無駄な労働で、地球温暖化を招いてるともつゆ知らず・・

大量生産、大量販売を招いてさらに幸福を追求させないようなシステム。

そんなシステムで、地域活性がなしえるとでも思ってるのか。

誰かを無理に頑張らせて、「なしえてる」と錯覚していないか。

 

大量生産系の製造業は、

自分で自分の首を絞めてる感覚、社会からの脅迫で歯車になってる感覚で、

現実を知れば態度が大きくなるのも無理はない。

かなり生産に貢献してても

「会社・経営者の手柄」になり、「販売業の手柄」になりで、

作り手には評価がなく、あるのは給料だけで、本当に捨て駒。

お客も見えないまま、ずっと誰に向けて努力してるかわからない。

誰のための仕事かもわからない。

自分のためというなら仕事はしたくもない。

仕事量に差があれば、おめぇの分まで働きたくはない。

販売業に「誇り」の転売をされすぎて、そんなボランティアはしたくはない。

あまりに誰のためかわからな過ぎて、感情を失う。

 

それで災害時、地域にお金を・・と物品販売をしようとするが、

大量生産の製造業の場合、精神的追撃になるので、マジでイメージが悪い。

家のことで疲弊しきってる中で、さらに無尽蔵な労働をしろってか・・。

 

少量生産がいかに良いかが分かる。

小回りが利いて、お客も見れる安心感。

 

労働の在り方・考え方は、弁護士の過疎率に影響するとも思う。

製造業の多い県ほど、弁護士過疎があるかもしれない。

 

 

 

 

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