給料は月20万円と想定。
()は、万単位。
自分への投資は、そんなにしてない(0~4)
唐突なモノづくり系の趣味発生(0~3)
1か月のジュース代(2~3)
家に関してのこと(家に入れたり、消耗品の購入など)(7.5~9)
寄付や支援など(3~10)
計画は良いけれど、労力の割に低すぎる給料が原因。
保険は個人的に入っておらず、ブランドものに欲を掻き立てられず、
貯金もできておらず・・。
仕事では疲労困憊になることが多く、
「自分の存在」を維持する努力だけしかないため、
自己投資する隙もない。
休みは本当の意味で、寝るほうの休みになる。
◆
「幸福追求権」の負を感じる仕事量と束縛。
「職業選択の自由」と「労働の義務」に目を行きがちで、
それが脅しの材料にもなりやすいけれど、
「正社員であるべき」というのは、幸福追求権を無視して、
本人の意思も無視して、「自白の強要」みたいな進路体制が
暗黙の了解で通り過ぎている。
個人を幸福にさせないように誘導してる家族がなんと多いことか。
そんな無駄な労働で、地球温暖化を招いてるともつゆ知らず・・
大量生産、大量販売を招いてさらに幸福を追求させないようなシステム。
そんなシステムで、地域活性がなしえるとでも思ってるのか。
誰かを無理に頑張らせて、「なしえてる」と錯覚していないか。
大量生産系の製造業は、
自分で自分の首を絞めてる感覚、社会からの脅迫で歯車になってる感覚で、
現実を知れば態度が大きくなるのも無理はない。
かなり生産に貢献してても
「会社・経営者の手柄」になり、「販売業の手柄」になりで、
作り手には評価がなく、あるのは給料だけで、本当に捨て駒。
お客も見えないまま、ずっと誰に向けて努力してるかわからない。
誰のための仕事かもわからない。
自分のためというなら仕事はしたくもない。
仕事量に差があれば、おめぇの分まで働きたくはない。
販売業に「誇り」の転売をされすぎて、そんなボランティアはしたくはない。
あまりに誰のためかわからな過ぎて、感情を失う。
それで災害時、地域にお金を・・と物品販売をしようとするが、
大量生産の製造業の場合、精神的追撃になるので、マジでイメージが悪い。
家のことで疲弊しきってる中で、さらに無尽蔵な労働をしろってか・・。
少量生産がいかに良いかが分かる。
小回りが利いて、お客も見れる安心感。
労働の在り方・考え方は、弁護士の過疎率に影響するとも思う。
製造業の多い県ほど、弁護士過疎があるかもしれない。
