見知った人同士、家族間の「怒り」は、
誰かから受けた精神的ダメージや不安などを
理解してほしいから発生する感情。
人を泣かせることで理解を得ようとして、
自分のダメージを表面上で理解しようとするため、
気狂いに怒り続ける。
それに対する「泣くこと」は、
その人の不安、そこまでの道などを深く潜在意識で
理解した上で発生する感情。
表面上の理解があるまで怒られ続けるのは仕方がない。
ひとり、鏡に向かって文句を言ってる人の光景のイメージが「怒り」。
鏡花水月のような状況でも受け止めれる人のイメージが「泣く」。
どちらも口伝状態で攻め立てられた状況。
バランスは取れてはいる。
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例えば、
「世の中そんなに甘くはない」という人がいれば、
「甘く見ていたのは、あなたのほうで間違いない」と答えたほうが良い。
甘味には、塩対応がよい。
あるいは、そんな世の中が甘くないと感じていて、
責められた側が独立開業を成功したらどうするのだろうかと逆質問。
世の中そんなに甘くはないと感じた上で、
ラクをしようとしていたなら、
それは自殺予備軍になるぐらいに
勤続年数分だけ「会社」からの精神的ダメージが
蓄積されてることになる。
辞めようとしてる人に対して、怒ってる側はそのダメージが大きい。
他人を怒ることで、自分の精神的ダメージを推し量り、
度合いを探る。
怒ったことで、耐えてしまう人に相談すると、
怒り方が正しいと思い込み、
精神的ダメージが大きければ、
もっと過激になり始めたりする。
その怒りに耐えた人は、怒られ慣れてると思い込む。
他人のダメージを肩代わりしただけで・・。
怒りに対しての感受性が強い人。
そういう人は、感動系の涙の感受性が弱い時もある。
そこに「正しい宥めること」を交えれば、
きっと怒り方を変えたり辞めれたりする。
感受性は、喜怒哀楽にそれぞれ強弱があるから、
人の感情に色がつく。
