「ラクして働こうとすること」
これは極端な話で「樹海での自殺」につながることもある。
情熱的すぎず、好きすぎず嫌いすぎずが、
いい塩梅で働けるほうが何より良い。
ラクをして働いてる人に
ランダムに配置された50件以上の商品のピッキング作業をさせたとき、
どういう反応になるかといえば、「奥までいかず、近場の数件しか見ていない」
その上で、「ない・・ない・・」と言ってる。
ちゃんと探していない。
奥の40件以上は見ていない。
近場・・「珠海での自殺者」が全員「ラクして働こう」、
なんて思っていないだろうけど、
多くの遺骸は「近場」だろ・・。
「見つけてほしい」は表面上の意見で、
「せめてラクをしたい」か「ラクをしたかった」というメッセージとも。
「ラクをすること」と「自殺」は許せない行動。
私の中ではセット。
繋がりを説明されなければ、「楽をする=自殺」にはなるが・・
全然そうではなくて・・。
組織で、ラクをする者がいると、その組織は共依存的になり、
その苦痛に耐えかねて「自殺」か「殺人」を侵しかねなくなり、
人間関係は道徳であり、人情ではあるため、
ちゃんと働いたほうがいいし、給料はしっかり払ったほうがいい。
組織感を見直さないで、頭ごなしに人手不足で済ませてはいけない。
追い詰められた側は、「相談者はいない」と判断してるのも当然。
そういう組織にいた分だけ、世間を敵とみなしている。
