時代錯誤が少し入るかもしれないが・・
少なくとも性差別でもない。
家の「跡取り」の問題。
「家が家業か」だけではないからね。
「苗字」も、跡取りの内でしょ。
跡取りを完全否定する人は、
名前はいらないと判断できて「苗字」も「名前」もなく、
ランダムな羅列で呼ばれたい人だなと思ってしまう。
人として「人生を歩むことだけ」を望むなら、
無名はさすがに呼びにくいから、
ワンタイムキーのような羅列で呼ばれてもいいわけだなぁ。
SNS時代、その最終形態が、
人類のすべてが「羅列」の名前になることだろうけどね。
そのほうがその人の人生がいかなるものか、
一目でわかる。
18歳までの歩んできた人生。
誕生した病院から、生年月日、時間、住所、小中高まで
全部の頭文字をとって、
それをランダムに並べて、名前にするとか。
マイナンバーの番号だけで、名前扱いで呼ばれたりね・・。
◆
跡取りは、苗字もあるから、本当に大事にしたほうが良い。
希少な名字が絶滅する原因になる。
今は「職業、年収、学歴アレルギー」で、
結婚相手を選んでるようだけど、
その感覚で、昔も
家系図に書き記せる人を選んできた時代もある。
見合いの文化がそれにあたるかもね。
結局のところ。
家系図に書き記せる人、
家系図に記されても恥じない生き方を目指すほうが、
自分の人生を歩みながら、家系も守れるのではないか。
それで
夫婦別姓の考えで、
お互いの家系図に影響を与えず、お互いを尊重する形。
しかし
「影響を与えない」のは、「なかったこと」にもできる。
そういう短所もある。
「苗字」の存続で、子孫繁栄がいかに大事か。
解釈が違うと「時代遅れ」扱いだけど、
名前に誇りを持てるかどうか。
苗字や名前は、人が初めて所有する1つだからね。
家系図を書き記していく文化がない分、
「苗字」の重要性を理解しがたいのだろう・・。
