神社の賽銭泥棒
現代っ子には「罰当たり」というものが、
よくわからない現象だろうけど、
変な解釈を持って行ったとしても、
「無神論者」と「浄財の意味」も分からないのは、
無人販売店の商品を盗むやつの予備軍だな・・。
「願い」や「祈り」の代金として浄財があるならば、
その代金を盗むということは、
「その内容」を無効化してることになる。
例えば、
「戦争が早く終わりますように」
という祈りを毎日したとしよう。
賽銭泥棒がいつの間にか、その代金を盗みに来る。
その「祈り」はなかったことにされ、
戦争は続く。
そういう盗人が、罰が当たれば良いというのは当然のことで・・、
そのあたりは、無人販売店と同じような意識だと思う。
祈りの無効化は、
無人販売店でいうところの「売上見込み」よりも
9割なかったことに等しい。
ほとんど盗まれたり、代金不足であったりするイメージ。
