私は、寄付や支援をすることがあるが、
投資家ではないものの・・
それと同じぐらいの思考力はあると思う。
で、欲しいもの。
強く欲してはいないけれど・・。
ネット経由の寄付での「住所」の入力。
ほんの少しの手間なのだけど・・。
マイナンバーを普及させたいのならば、
「寄付金額」「名前」「マイナンバー」「メール」
これがセットでいいと思う。
そうすれば、寄付関連の確定申告に行く手間が省ける。
マイナンバーは、
クレカみたいに、入力後はアスタリスクで隠すといいしなぁ。
あとが怖いけれど、大幅に領収書関連の紙も省けるので、
環境にはいいかなぁ。
年次報告は紙で欲しいけどね。
都度寄付で、コピペ入力もしないから、
ほんの少しの手間なんだけどね。
◆
お金持ちではないから、促されても迷惑だけどね。
私の予測力でそれをしてるだけだから、
それには応じないことが多い。
主体性、自主性でしてることだから、
住所入力の手間を考えれば、
寄付先への真剣さは伝わってほしいけれどね。
意外と手間なのよね。
名前、住所、電話番号、メール、クレカを手入力で
都度寄付してるので・・。
それを10か所以上してるとね・・。
◆
これ以上、寄付方法を楽してしまうと寄付先の団体が、
悪事に手を染めかねないほど、
態度が悪くなりそうだから、お金だけの寄付なら、
寄付側も、ある程度手間はかけたほうが良いか・・。
寄付先の団体が支援先にしてる地域に合わせて、
それを疑似的に体感できるほどの部屋を作るとか・・。
それはシンプルに、自室空間に暖房冷房の器具を一切使わないこと。
(去年の10月までは、それができていたが・・、
越冬できないと判断したので、暖房器具を取り入れた。)
どういう思いで苦しいかを考えないといけないからね。
寄付は介護業ではなく、介助業に近い。
介護ばかりしてると本当の実力を発揮することをやめてしまって、
生活保護の不正利用のように甘んじてしまうことに繋がるから、
介護(執事・使用人)ではなく、介助(肩を貸す程度の援助人)。
介護以上に面倒を見すぎると、政治になってしまうし、
支配につながりかねない。
その距離感も保たないといけないからね。
寄付者も、団体も。
対人間の団体の場合。
団体の支援先で、地域や国に依存しないで、
自立性を促す「手助け」をするだけなので、
その支援をするための寄付なのよね。
対自然、対伝統の団体の場合
人間の自立性はどうにもならないので、
団体だけではなく、寄付者も、
方向性を考える手助けをしないといけないと感じる。
どちらのことにも言えるのは、
「経済」の在り方が異常だということがわかる。
