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三が日の3日目で、改めて抱負の内面に気づく。
「花嫁修業」は、私にしか語れない抱負の概念ではありそう。
「家のこと」は、家政婦かハウスキーパーを活用しない限りは、
結局は、自分でしないといけない。
「別に自分でなくてもいい・・」と言う、投げやりな考えではいけなくなる。
大量生産の製造業(変化もなく、別に自分でなくてもでき、存在意義もない仕事)を
やりすぎてる反動かもしれない。
その仕事をしていても、自分で抱えれる量は全部抱えようとしてしまう癖はある。
そのために、疲労とストレスが常に付きまとう。
人手不足と低賃金だから、なおさら、ストレスは付きまとう。
だから、この抱負は・・ストレートな意味合いではないものの・・。
「正しく、自分がやるべきことを見つけ、投げやりにならず、習うこと」。
そういう「1年」の意味もあるのだと・・今年の抱負の新解釈をしてみた。
「中仕上げ加工」のようなもの。
荒削りの時に得た「視野」と「判断力」「身体能力」を落とさないで、
さらに研ぎ澄ましていく形。
それと趣味のほうから、しがみ付いてきてることと組み合わせることで、
方向性で仕上げやすくする。
まだ3日しか経っていないのに、気焦りで1年を考えてる。
「(興味の有無の問題ではない)しがみついてこない趣味」を削るか、残すか・・。
