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すごくストレスを吐きて書きたかったけれど・・。
どう足掻いても、工場の仕事は好きではない。
それで・・フィンランド民謡の「イエヴァン ポルッカ」を聴いたら泣けてきた。
アニメではない曲で久々に泣いた気がする。
なんでだろう・・。
楽しい感じの曲なのに、なぜか泣けた。
ただただ、疲れてストレスがピークに達していたように思える。
仕事に対して気持ちはスッキリしていないが、ストレスはある程度・・。
その土地の言語を知らない分、造語扱いで聴いてられるが、
その土地の言語を知ってしまえば、その曲に執着はしないかもしれない。
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本来は、私は自由人過ぎる性格だから・・。
形態模写、声帯模写、復唱などは完成されてるものに対しては真似できない・・。
いざしようにも、分解して解釈してって・・遠回しに理解を得ようとするから、
完成されてるものを解剖するから時間がかかるのよね。
想像力があるので写真や映像などで教則されると脳が混乱するのよね・・。
最小限の写真ならいいのだけど多すぎると・・、
ピアノの鍵盤を初めて見るような感覚になるから割と戸惑う。
感覚重視だから、写真でその状況を固定されるのが嫌ってのもある。
文章のほうがいいけど、簡潔ではない文章も嫌。
分解して、一から想像して、再構築したいようなクチ。
分解して理解しようとするから、全貌を理解するとその全部を抱えたがるのも、
私の癖だけどね。
あまり人を頼ったことがない、テンポが崩されるのは嫌なので、
お願いすることもない・・。
囚われすぎず学ぶ・・。
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だからこそ、人の下に就くことが嫌い。
工場なんて完成品をただ単調な作業で眺めてるだけだから、
時間の無駄で、束縛でストレスになる。
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長期的な考えで行けば、少量生産のほうが優秀なのよね。
大量生産は、作り手にメリットがないから、モノづくりの範疇は少ししかない。
他人都合で、ひたすら他人に時間を貪られる仕事だから、
個人の時間が持てる状況にないほど疲労を起こすと時間の無駄だなと感じる。
ゲーム依存に気が付き始めてる人のような感覚。
大量生産したところで、全部、20日以内に使わないだろ・・。
作る意味ないよね。
完成も見ない、客の声もない、客の層が不明、有給をとるタイミングもない、
やめるタイミングもない、疲労とストレスが常にピーク、
工場に縛られて単調な作業をしてるだけ、「何やってんの・・私」ってなる。
どんだけ、人生無駄にしてるんだって・・。
今は、人間関係が不器用になってるから、
事件を起こすか、自害するしか頭に浮かばない時が多い。
その状況、その仕事を手っ取り早く離れたい意識が強くなるのよね。
家族は、支配的な人たちだから、相談相手にはならないし・・。
会話できる相手がいない、敵ばかりに見える。
少しでも意見が合わなかったら敵に見えるほど、敏感になってる。
なぜって、社会に無理に合わせてきたのだから、筋が通らないでしょってこと。
表面上は最小限取り繕うけど、一生、孤立無援・・。
大量生産なんて、災害・非常時以外は別に動かさなくてもいいと思う。
病み続けて、人手不足になって、表舞台の人に見つけてもらえない仕事。
セールとかいうブランドを応援する気のない売り方をされるから、
余計に腹が立つよ・・。