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特定のジャンルの動画は、視聴状態を俯瞰すると・・。

なんだか生霊や背後霊の類になってるように見えるわ・・。

 

物理的に存在しないモニター、ネット越しで動画という名の独り言を聞いて、

へらへら笑うのは少し不気味にもほどがあるなぁ・・って思う。

幽霊のやり取りを幽霊が見てるような光景に近い。

 

スマホという黒い板に、ボソボソしてる人の光景もたいがい怖いけれど・・。

動画も明確でもない状況や環境で、ループや真似事系だと、

生きてる相手なのだろうけど、やってることが同じすぎて、かなり幽霊感がある。

地縛霊に手招きを受けて死の道へと進んでるような感覚。

 

特に・・ゲーム実況は、「ゲームを使って、ゲームをしてる」というよりは、

「ゲームに使われて、同じ発言を繰り返してる」感じで目立ったりする。

まるで、言語活動が単調になってきてるようだなぁ・・と思う。

RPGなどのNPC化とも言えるか・・。

コラボやオフ会をしないと、この人はきっと社会にも出れないぐらい、

やばい言語活動をするだろうと思う場面も多い。

 

啓発運動系の動画は、ダークヒーローや闇落ち主人公と同じ道を歩んでる感じ。

人々の心を癒そうと奮起するも、柔軟性がなくなり、人々の心を支配しようとして、

その発言者が実は我がままになっていて、信念が腐敗して心を荒らす存在と化す。

歴史的にもよくあることだと思う。

紛争や戦争、宗教間の争い、政党の争い、同族間の争い・・。

 

人に害のない動画さえ残ればいいと思う。

変な動画を残して目立たせると後々、始末に負えないぐらいの争いが起きかねない。

派閥が生むことでもあるから、派閥が生まれて、その思想に強く影響されれば、

頭脳はよくても腐敗しやすい人になる。

神は2つの才能・能力は与えない、与えたとしても大きな代償が生まれる。

 

一部の強い口調の啓発運動も、結末は宗教間の争いと変わらないからこそ、

日本の昔ながらの生き方で、黙って仕事を覚えることが大事。

コミュニケーションはいかに争いの原因になるかを潜在的に口伝されてきてるから

寡黙な人が多かったが・・。

コミュニケーションが大事とされてきてる中では、それが再び崩れ始めて、

また争いの種を蒔いて成長を守ってるように思える。

思想家から得たものや啓発系の戦争は、引き継がれる限り続くからね。

単なる領土争いは、我がままやお互いの行き違いのままで、ネチネチと静かなまま。

 

 

私から見た「世間からの大量生産系の製造業の扱い」イメージ

 

ごみのポイ捨てをしてる人がいたとする。

「どうせ誰かが拾って掃除してくれるだろ」と思ってる人。

ゴミ拾いをしてる人に対してを「何、この人」と扱ってる人。

ゴミ拾いは自発的なものだから「しないほうが得」って思って、ごみを捨てる人。

 

そういうイメージで世間を見てる。

 

安売りの販売業と、セールを頻繁にしてる販売業、それに乗っかる購入者。

そして、販売業は自分で作ったみたいに自負し始める。

製造業が作ったのに・・。

 

世間は「要求人間メンヘラ」が主軸。

大手は大振りで大口だから・・売り上げはいいけれど、

作る量も多いから、小回りが悪く、燃費が悪い。

 

田舎は、お金持っていれば5~10人でも支えれる。

都会は、お金を持っていても100万人以上いなければ支えれない。

 

地域間の文化の差、文明の差・・いろいろありそうだけど・・。

自然保護のためには田舎、山林は残しておくべきだよ。

100万人がぞろぞろ来たら崩壊する。

 

自然保護のざっくりとした考え方。

 

自然に対して・・。

・景観、光景の保護

・景観、光景の維持

・景観、光景の回帰

・景観、光景の復帰

・景観、光景の再生

・景観、光景の調節

・景観、光景の再構築

 

ほかにもあるけれど、大体このぐらいかなぁ。

 

 

ひと昔はやった「ネタ写真」

 

樹海の写真で「祝ってやる」と書かれたやつ。

当時は「漢字が違うじゃん」って、流れに合わせて笑っていたけれど・・、

素直に読み解くと、「祝ってやる」こっちのほうが不気味だということに・・。

 

自殺者が祝われてる・・。

死を祝うのか・・なかなか怖いね。