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ユーキャンで何かするか。
お財布の計算上は、添削なしの2万9千円のものはできる。
まぁ、無理すれば・・添削ありもできそうだけど・・。
手元にあるやつだと、「だれか宛」の力が発揮されないと、
本腰で極めたいと思わないからね。
不特定多数が相手だと、ざっくりとしてしまう。
特定多数が相手なら、そこそこ頑張ろうとは思ってしまう。
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老若男女、みんなが使う日用品の大量生産系工場で働いて、
不特定多数を相手に「誰か都合」で働く苦しさは分かってるので、
すべての職業の「苦労」を味わってるに等しい。
特定多数か、特定少数を相手に仕事をしたいなって思うのは当然で、
そこで新しいものに目を向けないと人生が腐ってしまうと思うのも、
当然の流れになってくるわけで・・。
「新しいことに目を向けたい」という足掻きもわいてくる。
これといったピンとくるものがないようで、あるようで・・の状態。
今の人間関係としての環境下だと、すごく行動の束縛感があるから、
前に進んではいけないような風潮、空気感のせいで
本当の自分を発揮できないというのもあるねぇ。
その空気感が強すぎて、やりたいことをしても中途半端になる。
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私は、祭りの盛んな場所で生まれてるから、
祭り独特の統率性の「遺伝子」でそうなってくるのかもしれない。
物理的に前に進むにはどうするか・・すごく悩まされる。
文章ではいくらでも前に進んでるように見せかけれるけど、
物理は全然、半歩も進んでないわ。
統率性の遺伝子を持つものが、言いがかりで仲間外れにされた期間が
長いとどうなるか。
何をやるのも、「していいものか」と迷走し始めると思うのよね。
仲間がいない、応援する人がいない、支援する人がいない、
会話する人がいない・・など、孤立を味わい続ける。
その孤立は、楽天的な性質の性格でないと乗り越えれないレベル。
「自立心」や「独立心」を否定されてるようなものでもあるから、
自分の考えは持っていても踏み切れない部分も大きくなる。
その反面、作業は全部抱えようとする。
できるギリギリまで。
でなければ、誰もしない、誰も手伝わない、そんな状況だからね。
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そう考えると、単独で動ける現場業が性に合ってるのかもしれない。
しかし、ブログは、かなり毎日投稿だから・・。
ユーキャンでやるとすれば、「川柳」が良さそうだけど、
立体的に何か動きたい性分だから、「ヨガ」も良さそうだけど、
実用性に欠ける。
代筆屋みたいなので、「ボールペン字」とかもよさそうだけどね。
実用的ではあるが、事務的で動き回らないなぁ・・。
うーん。
ユーキャンにこだわる必要がないようで、あるのよね。
縛られるのは嫌だから、こだわっても仕方がないけど、
値段と評価方法が絶妙だからってのはある。