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最近

空気清浄機で、最初のプラスチックの蓋フィルターから、

埃っぽさがなくなった。

掃除をしてるからというのもあるが・・

劇的に変わった理由は、

少し毛羽ついた「厚手のカーテン」を撤去したから。

 

それが原因で、2週に1度ペースで埃が詰まってた感じ。

撤去してから、床の粉埃も少なく、

空気清浄機や除湿器のフィルターも内側が見えるぐらいキレイ。

 

ほかの場所への埃の落ちる量も変わった。

掃除機をかけるとき、ほぼ「抜毛した毛」しか

吸ってないようなもの・・。

多少はあるが、それは服やお布団を擦った後だから。

 

軽度の運動をするとき、カーテンの変な毛羽を吸ってたのか。

そう思えて、ぞっとする。

 

ただ、厚手のカーテンのおかげで、

吸音してくれていたことがすぐに分かった。

動画をスピーカーで聴くと割と響く。

たった2か所に束ねていた分を撤去しただけで、

吸音の音量が変わった。

 

内向きの現場業は・・

接客もしないし、お客の顔も意見もないし、

不特定さ数が過ぎて歪んだ多様性になってる。

 

それは・・まるで、南天のようだ。

 

経済や個人でできない難点を押しけられるのが、

内向きの現場業ではあるけれど・・。

花言葉的には「愛が増す」だが、

見えない客からくる仕事量が増し増しになりやすい。

作り手がしつこいと思うほど、

根の深い伝統的大量生産だったり・・。

 

目に見えない者に対して、

なぜ気を使い続けないといけないのか、

人のためになってるのだろうか・・、

きっとなってないな・・と、

人生、充実感もない、腐りそう・・、

囚人か・・、社会からのパワハラだな・・

そんな哲学をする。

 

一方で、外向きの現場業は・・

接客をするし、お客の顔や意見を聞けるし、

特定多数ながらも、物によっては営業なしでお客からくる。

絶妙な多様性という感じ。

 

それは・・まるで、ザクロのようだ。

 

これが良いと、お互い「共感」や「合意」の下で、

仕事をするので無理のない範囲の仕事が実現できる。

 

お客は見えるから、精神衛生上は安心はできる。

「人のためになってる」ともわかる。

 

失態や失敗も目に見え、物によっては、

お互いわかるので責任感が何より絶妙に充実してる。