仕事が嫌なのに辞めれないこと。
工場勤め
仕事で失敗したことは「ほぼ」ない。
怒られたことも「ほぼ」ない。
仕事が遅れたことも「ほぼ」ない。
仕事を決めるときは
工場は確実に条件外の仕事内容。
そもそも、人の下に就きたいとは思わない。
家族の脅迫的強要があったから、
家族なら良いだろって感じで、
「無実の自白」のような脅しを毎晩行われた。
家族も信用にならない。
脅してきた家族は。
「正社員につけたのに何で喜ばないんだろう」
「何で今幸せな感じじゃないのだろう」など
家族とは言え「人の進路」を脅し、
脅かしてることに全く気が付かない上に、
束縛までしようとして、考えを洗脳したがるように、
今まで行動してきたことに気が付かず、
勝手に混乱してるのだろう。
成果を目にしてるはずの家族は、
成果を見ないで土下座までさせたのだから、
「詫びろよ」って思う。
家庭不和のままでいいなら、
「詫びなくていいけど」って思うわ。
今の仕事就くまで、とんでもなく家族に
私の人生の進路をかなり妨害された出来事が強かった。
今でも不愉快なぐらいの仕事と家族でストレス。
生き場がない。
死に場もない。
ただただ腹が立つ。
選んだのではなく選ばされた仕事。
工場では
流れなどを確実なものにはしているが、
やはり、「人の欲」に関して、
人間嫌いを招くほど腹立たしい。
一方で
2015年のとき、「経営者の10年修行」を
あの段階でずっと進めていたら、
今頃・・石川県の地震で死んでいたころだろう。
修行中は、寄付や支援をしなかっただろう。
ブログも、発想も何も書けなかっただろう。
「地震予測の独自解釈」も取れなかっただろう。
しかし、万博で何か出展できていた人生ではあったと思う。
修行の時間軸で人生を活動している自分と
今の時間軸で人生の活動をしてる自分。
前者は一つのことを考えて夢を叶えるみたいなところ、
後者は不快な人生に抗いながらも、実は多くチャレンジしてる。
運命論としては、「今が最善の人生」だとすれば、
今の仕事が一番ネックになる。
首輪と手かせをつけられているようなもので、
自由に動けない。
動けない理由は、
工場の人が、やたら「人の噂」を立てたがるため、
それで「ないこと尽くめ」を言いふらされて、
横のつながりの業者に広まる恐れもある。
その感情になり、無理やり居座らされてるようなものだ。
その影響を恐れてのことで辞めれない。
それと「独立」の選択も指針が立たなくなり始めてる。
資金の問題もあるが・・。
人生の目的がなくなり始めてる。
だって、生き場ないし、死に場もない。
人生の進路を壊されてる今は、
不快な状況に抗って、
空振りに終わることしかできなくなってる。
自分で「どうしたいのか」、「どうありたいのか」が
狂ってきて自我を引き出すことすら嫌ってる。
人間すら辞めたいと思うからなぁ。
「人の欲」を見続け、要求にこたえ続けるのは、
しんどいよ。
平日11時間労働で意味なく生産し続ける。
神さんもこれぐらいしんどいのかなと思う。
だから個人的なことは叶えにくい。
まぁ、私の「幸せ」を「9割9分」消える代償で、
支援した多くの人の「幸せ」が得られてるならいいや・・。
●
在庫過多で、環境破壊しておきながら、
まだ生産したりするのかと思う。
たとえ、伝統伝承産業でも、
大量生産になってしまえば話が違ってくる。
人手不足のメリットを生かしていない。
人手不足のメリットは、
「仕事のリレーの見直し」「価格の見直し」「賃金の見直し」の
タイミングだから。
それ故に、無理やり人を増やそうとして、
出入りが激しと感じて自滅をするパターンが多い。
人事・経営者が何でだろうと頭を抱える結果となって、
既存の働き手が負担増大し、
その既存の働き手も離れようとする。
これが「絶滅危惧種」の産業の結末。
1つのパターンとしてね。
●
本題
最近、自販機の「いろはす」の味が、
薬品の苦さを感じる。
