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「コロナ禍」による「謝罪癖」の問題

 

私は謝ったほうがいいと思うクチ。

大きく3つの意識に分かれるから。

 

「仕事の遅れに対しての謝罪」

「誰かの未練を招く恐れがある謝罪」

「自分の魂への謝罪」

 

謝らなくてもよいという人は、

「誰も置き去りにしない」というSDGsを実行できない性格で、

少し無責任な部分見える。

「誰も置き去りにしない」は、「誰も後悔させない」に等しい。

 

社会の歯車になるぐらい、真面目な人だったら、

一番上の「遅れ」についての謝罪の色が大きい。

 

自然保護活動などの「使命」を持ってる人だったら、

魂に恥じることをしたという謝罪の色。

(自然保護に対しての過干渉になってない人。)

 

そして、真ん中の色のほうが大半だろう。

「誰かの未練」は必ずこの先も多く出てくる事象。

 

例えば、

感染してしまって公式に検査結果が出て謝罪がなくて、移されたとき、

多くの人は本性を現して「恨む」だろ。

何してくれたんだって。

そして、重症化して命を落としたら、

やりたかった事ができずに、「未練」と「恨み」を抱えたまま死ぬ。

 

例えば、

動画配信者であれば、ゲームなどのストーリー性のあるものを

実行していた時、その配信者が感染して・・。

謝罪もなく、いつの間にか死んでいたら、どう思うよ。

それで何も思わなかったら「本当は見たくなかったんだ」ってなる。

その人の声と話術、流れや編集でしか、その動画の味はできない。

結局、人がしていたら、真似っ子のやり口でも、

続きを見たかった人も、配信者も後悔するという「集団ロス」を引き起こす。

ファンを付けたからには最後まで配信をしないといけない覚悟も必要。

 

だから、「謝罪」というワンクッションは必要。

誰でも接近してしまえば、誰でもかかる可能性のあるウィルスだからこそ、

逆に謝罪は必要なのよ。

特定の人や先天性の人だったら、謝罪はなくてもいいと思うけど・・。

誰でもかかることだったら、後悔と未練を抱えたくなければ、謝罪は必要。

 

 

ひと昔にオカルトの話で・・

「信者や友達を増やしすぎたら、黄泉の国が大変になるから」

という・・そんな感じの話を「予言系のオカルトサイト」で

よく目にした覚えはある。

 

多分、このことなのだろうなぁ。

 

最終的に・・。

繋がりを持ちすぎて、抱えきれないほどの未練を一人が背負い込むのよね。

 

ドラマでよくある「誰かの人生の分も生きろ」というのは「寿命」の話ではなく、

亡くなった人の「未練」や「後悔してきたこと」を背負い込むということ。

つまり、1人分の「未練」や「後悔」の消化で大変な人が、

2人目以降の分の「未練」や「後悔」も背負えるのか。

それを抱えなくても良い部分もあるけれど、亡くなった人のモヤモヤを

晴らすためには多分、必要な行動。

 

もしも、黄泉の国で・・。

動画配信者が「勝手に登録して、観ただけでしょ」って言って突き放されたら、

どう思うよ。

無責任で、その人らしさのない「やけくそ」な口調で発言をしてきたら・・。

 

動画の登録者数 = 登録者の未練を解消できる期待値。

100万人以上であれば、その人数分の「後悔」と「未練」を抱えれるのかと。

 

つながりが少ないうちに、少ないなりに大事にしていったほうが幸せ。