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さっきの記事の続きから少し言えば、

サイキックを信じない学者はあてにならない。

サイキックがあるかどうかで、ライトワーカーかどうかも変わってくる。

細かく区切ればそうなる。

 

 

本題

 

「北朝鮮の感染拡大を抑止するための支援」での賛否のニュース。

 

「北朝鮮に支援する必要があるの?」って内容の声があった。

「肌感」や「精神的な傷」のような違和感のある感覚はどの国も持ってるよ。

 

特にわかりやすいのは、「中国の中の日本嫌い」、「韓国の中の日本嫌い」

北朝鮮に医療支援を反対するのは、そういう人と同じ類なのよね。

同じ視点、同じ発言なのよ。

 

それはマイナスなことではあるけれど、プラスにとらえれば・・、

ようやく日本が「大陸の国の精神」に追い付いてきた。

「島国の精神」から変化してきてる証。

さらに言えば、日本らしさが薄まっていってる。

モノづくり精神の崩壊の次は、日本らしさの崩壊かな。

 

踏んだ踏まれたの話は、歴史問題ではザラにあるが、

家族や集落規模で踏まれた話は、精神的に深く恨み傷ついてるものだ。

それを根に持ったまま、長い間、争いが常に起こる。

 

加害者が被害者ヅラすることもあり、

被害者が加害者の真似をするようになったり・・。

歴史の争いは、それの繰り返しなのよね。

 

正しいと思って争うのも、

結局、過去の同族・同胞の罪をぶり返してるだけ・・。

 

被害者なのだから、正統的に争うのだって言っても、

深く歴史を探れば、その被害者は最初は加害者だったオチもなくもない。

 

踏んだ踏まれたを繰り返して、水掛け論で収拾がつきにくい。

北朝鮮の話は、そういうニュース解釈なのよね。

 

今は、「大量生産」と「経済回し」を必死になりすぎて、

特定の人の人生を踏みにじってることすら気が付かない現代人。

いつかの反動で「争い」という形で来る。

大量生産は・・。

雇用だから、経済回そう、正しいことをしてると思ってるのだろう。

思い過ごしだなぁ。

いざその時が来たとき、のうのうと利用してきた人は、

その「争い」を病的なものだと考えるだろうね。

 

本当の平和は

「歴史解釈をきっちり整えること」

「歴史問題の謝罪は無条件でお互いにすること」

「踏んだと感じた歴史は、争わず即座に謝罪」

「支配関係にならないように、供給しあえる仲にする」

「過剰生産や経済に、のめり込まないこと」

そういうことなのよね。

世界が手をつなぎあえる日は、今のところ764年先まで、ずっと1%。