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さっきの記事の続きから少し言えば、
サイキックを信じない学者はあてにならない。
サイキックがあるかどうかで、ライトワーカーかどうかも変わってくる。
細かく区切ればそうなる。
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本題
「北朝鮮の感染拡大を抑止するための支援」での賛否のニュース。
「北朝鮮に支援する必要があるの?」って内容の声があった。
「肌感」や「精神的な傷」のような違和感のある感覚はどの国も持ってるよ。
特にわかりやすいのは、「中国の中の日本嫌い」、「韓国の中の日本嫌い」
北朝鮮に医療支援を反対するのは、そういう人と同じ類なのよね。
同じ視点、同じ発言なのよ。
それはマイナスなことではあるけれど、プラスにとらえれば・・、
ようやく日本が「大陸の国の精神」に追い付いてきた。
「島国の精神」から変化してきてる証。
さらに言えば、日本らしさが薄まっていってる。
モノづくり精神の崩壊の次は、日本らしさの崩壊かな。
踏んだ踏まれたの話は、歴史問題ではザラにあるが、
家族や集落規模で踏まれた話は、精神的に深く恨み傷ついてるものだ。
それを根に持ったまま、長い間、争いが常に起こる。
加害者が被害者ヅラすることもあり、
被害者が加害者の真似をするようになったり・・。
歴史の争いは、それの繰り返しなのよね。
正しいと思って争うのも、
結局、過去の同族・同胞の罪をぶり返してるだけ・・。
被害者なのだから、正統的に争うのだって言っても、
深く歴史を探れば、その被害者は最初は加害者だったオチもなくもない。
踏んだ踏まれたを繰り返して、水掛け論で収拾がつきにくい。
北朝鮮の話は、そういうニュース解釈なのよね。
◆
今は、「大量生産」と「経済回し」を必死になりすぎて、
特定の人の人生を踏みにじってることすら気が付かない現代人。
いつかの反動で「争い」という形で来る。
大量生産は・・。
雇用だから、経済回そう、正しいことをしてると思ってるのだろう。
思い過ごしだなぁ。
いざその時が来たとき、のうのうと利用してきた人は、
その「争い」を病的なものだと考えるだろうね。
◆
本当の平和は
「歴史解釈をきっちり整えること」
「歴史問題の謝罪は無条件でお互いにすること」
「踏んだと感じた歴史は、争わず即座に謝罪」
「支配関係にならないように、供給しあえる仲にする」
「過剰生産や経済に、のめり込まないこと」
そういうことなのよね。
世界が手をつなぎあえる日は、今のところ764年先まで、ずっと1%。