ギリギリ昭和世代の私が思うこと。
・営業マン(ケータイ電話が重かった時代、今では魔法のような働き方)
・花柄のグラス、魔法瓶など
・電気配線は碍子配線 (日本碍子などが頑張ってきた)
・紙芝居 (ルールは、大げさな演出は出さない)
・小出しにしない教則本 (必要なことは、かなりまとめって書いてる)
・ゲルマニウムラジオ (これがなければ、電子工作はなかったかも)
・黒電話(使ってるところはまだ使ってる、災害時に役立つ)
・和文タイプライター(漢字のやつがやばい)
・モナカになってるプラモデル(接着剤でつけるだけのやつ)
●
別題
日本式の魔法は、陰陽師を除くと・・。
根性論があれば魔法に匹敵する
もしくは、
魔法=根性論なのだと思った。
それも頭ごなしの根性論ではなく、
計画的根性論。
少し前に書いた、「仕事量のイメージ」で、
「100個のものが1個にまとまったものを加工して、
8時間10ループすること」
「1個のものを100個に分ける作業をして
11時間10000ループすること」
同じ給料なのだが、作業は同一時刻と考えれば、
後者のほうが凄まじく計画性で判断力がないと、
11時間では処理しきれない。
しかし、誰のアドバイスもなく、私はそれができる。
それが日本式の魔法なのだろうと感じる。
「福山通運」の委託業か何かのアルバイトで、
ピッキング作業は鍛えられていたのもあるが・・。
その高校時代があるからこそ、
今の仕事で手早く処理できるようになったようなものだ。
◆
今の倉庫業の4割ほどは、きっとオートなのだろうけど、
人力でしてるほうが魔法感が強いと感じる。
「いつの間にか終わってる当たり前」
それが当たり前になりすぎて、受け取り側は何食わぬ顔だが、
倉庫業や仕分け人は、手早く丁寧に事を終わらせていたため、
意外と日の目を見ることも感謝もされにくくなった。
オートにしたことによって、余計に感謝の対象から外れてる。
「すぐにできること」は、
感謝されるほどの労力を払っていないと思われる可能性はある。
その魔法に気づかない。
計画的根性論は、感謝や思いやりを出すためには
必要な不便さではある。
頭ごなしの根性論は、不要論。
昭和という言葉で想起されるものはなに?
▼本日限定!ブログスタンプ
