ギリギリ昭和世代の私が思うこと。

 

・営業マン(ケータイ電話が重かった時代、今では魔法のような働き方)

・花柄のグラス、魔法瓶など

・電気配線は碍子配線 (日本碍子などが頑張ってきた)

・紙芝居 (ルールは、大げさな演出は出さない)

・小出しにしない教則本 (必要なことは、かなりまとめって書いてる)

・ゲルマニウムラジオ (これがなければ、電子工作はなかったかも)

・黒電話(使ってるところはまだ使ってる、災害時に役立つ)

・和文タイプライター(漢字のやつがやばい)

・モナカになってるプラモデル(接着剤でつけるだけのやつ)

 

別題

 

日本式の魔法は、陰陽師を除くと・・。

 

根性論があれば魔法に匹敵する

もしくは、

魔法=根性論なのだと思った。

 

それも頭ごなしの根性論ではなく、

計画的根性論。

少し前に書いた、「仕事量のイメージ」で、

 

「100個のものが1個にまとまったものを加工して、

8時間10ループすること」

 

「1個のものを100個に分ける作業をして

11時間10000ループすること」

 

同じ給料なのだが、作業は同一時刻と考えれば、

後者のほうが凄まじく計画性で判断力がないと、

11時間では処理しきれない。

しかし、誰のアドバイスもなく、私はそれができる。

それが日本式の魔法なのだろうと感じる。

 

「福山通運」の委託業か何かのアルバイトで、

ピッキング作業は鍛えられていたのもあるが・・。

その高校時代があるからこそ、

今の仕事で手早く処理できるようになったようなものだ。

 

今の倉庫業の4割ほどは、きっとオートなのだろうけど、

人力でしてるほうが魔法感が強いと感じる。

「いつの間にか終わってる当たり前」

それが当たり前になりすぎて、受け取り側は何食わぬ顔だが、

倉庫業や仕分け人は、手早く丁寧に事を終わらせていたため、

意外と日の目を見ることも感謝もされにくくなった。

オートにしたことによって、余計に感謝の対象から外れてる。

 

「すぐにできること」は、

感謝されるほどの労力を払っていないと思われる可能性はある。

その魔法に気づかない。

 

計画的根性論は、感謝や思いやりを出すためには

必要な不便さではある。

頭ごなしの根性論は、不要論。

 

 

昭和という言葉で想起されるものはなに?

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