2~3つぐらい。
◆
1つ目は・・。
好きなアニメ
「ARIA」(火星のやつ)
晃さんのセリフ
「不思議なもんだよな。嬉しいことってのは、
すぐ慣れて当たり前になりがちなのに、
嫌なことはたったひとつ起こっただけでも、
ものすごく重く感じてしまう。
たぶん、人は自分自身で嫌な事を何倍も重くしているんだ」
アテナさんのセリフ
「笑っている人の前では自分も楽しくなるし、
萎縮している人の前では自分もつい緊張してしまう。
鏡が自分の姿を映すように、人もまた自分の心を映すのよ。」
「ARIA」はアニメそのものが名言だから、
30歳前半までに見ないと損した気分になると思う。
年齢的な上下関係でちょうどいい歳だからこそ、
泣けるアニメで「慈愛」というものを感じる作品。
30歳前後がよく見るという話もあるらしいからね。
キラキラして、現実が苦しくなるという感想が多いが、
それが「慈愛」だと私は思ってる。
仕事で自分を腐らせていない証だと思う。
◆
2つ目は・・。
ここ最近ハマってしまったアニメのセリフだけども・・。
「ヴァイオレット・エヴァーガーデン」 7話
「だれかの「いつか、きっと」を・・」
人としての感情を取り戻しつつある主人公が、
劇場の脚本家と出会い、そこで掛けられた言葉が
心に引っ掛かり、
争いで人の命(人生)を奪って、
その人の「いつか、きっと」を奪ってしまったのではないか、
そういう感情から生まれた言葉。
「今の争い」に合わせたものを選んではなくて、
引き寄せられて手に取ったのが、この作品。
手紙ということの「思い」は感情を揺さぶられる。
クラウドファンディングの支援は、
以前にも書いたけれど、その人の「社会的な未練」の事柄だから、
1度すると2度目の利用はあまり起こさない。
返礼のお礼文が、そういってるようなものだ。
クラウドファンディングで支援を求めてる人にとっては、
その人にとっての「いつか、きっと」なのだ。
達成できなかったとしても、「社会的な未練」だから、
諦めずに、次の手を探すだろう。
支援一人目になるとわかるが、未達成で終わることは、
支援してる側も、「未練」を抱えることになる。
どうしてもの場合は、どうしてもになる。
