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中国関連のニュースを見てると、私を鏡に映したようなふるまい方だなと感じた。
それを突き詰めると「大量生産」、「大量消費」、「安売り」のトライアングルが原因ではないか。
そう思える。
私が工場で疲れ切ってるとき、「他人の幸せ」や「意味のなさ」をよく書くけれど、
それって、無尽蔵な「大量生産」によって、人の心をすり減らされてるのではないかと思う。
日用品や生活必需品の大量生産に対して、標語を作るとすれば・・
「一人は、みんなのために働け」 だと思う。
もっと言えば、その手の大量生産は、そもそもが共産主義の考え方に陥る。
私一人なら、似てるって思うだけで留まるが・・。
中国は国単位で、大量生産の大国を作ろうとしていたから、共産主義らしい働き方が
それであっただけであり、いろんな国からの注文を受け入れすぎたために、
「らしさ」から「過激」に変わったと考える。
中国の人口と大量生産の風潮からすれば、しがみ付いてきた国がいる限り、
中国は人権無視を言われる筋合いはないわけよ。
しかし、人権無視には違いはないが、結局誘導していたのは、いろんな国ではある。
周りの国が中国を変えてしまったとも言えるか。
生産大国はフェイクで、人が荒んでるスキに社会システムを大幅に変えやすかったと考える。
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共産主義が過激化する一方で、「寝そべり族」というものが発生したらしい。
発生イメージとしては、大量生産という共産主義ではあるけれど、
それが激化すれば共産主義ではなくなる。
安売り文化になり、安く多く働かないといけない、ITによって生産の向上を図れるため、
より多くの生産が可能になった。
しかし、奴隷的に働いてもキリのない無尽蔵な生産、心は荒む。
他人の幸せ・欲が許せないなら、自分の幸せ・欲も許せないため、あの形になったと考える。
共産主義版のモーレツ社員というイメージでもいいかもしれない。
意味のない生産を繰り返してる競争社会だから、現実から離れたいのは当然ではある。
半ホームレスの生活が非日常で癖になってると考える。
世界人口の半分以上の選り好みをあらゆる工場で、十数人がかりで生産してるのだから、
バテて当然なのよねぇ。
1日で、日本三大祭りを本気で取り組むぐらい、人は疲れる。
それが毎日繰り返されるイメージ。
「寝そべり族」になるのは無理はない。
現在に、昔のイギリスの労働が出現したら、たぶん同じことになる。
大量生産という働き方が、「人類のカルマ」としてループしてるとも言える。
次は中東ぐらいに大量生産という働き方を植え付けるのだろうね。
10年以内に、フラストレーションが繰り返される。
◆
中国を大量生産の道具にしてしまったから今の中国になった。
日本も安売りの道具として大量生産を選びつつあるから、日本も例外ではない。
大量生産は「手段」であるから、自力で作れるものは作ることが原則だと思う。
作る時間や技術がない人向けの手段。
誰も作れなくなってきてる今は、甘えざるを得ない。
共産主義は「大量生産」の働き方は活きるが、
民主主義を掲げる日本では取り組むのは難しい。
だから、日本は、3Kに陥る。
しかし、大量生産も行き過ぎれば、共産主義も過激になる。
支える量と需要が桁違いだから。