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昨日のビル火災のニュース

 

「心療内科」での火災。

加害者の60代の人。

人によって意見が違うというより、「本人の心の問題だ」という人が多い。

 

しかし、「心の病」は、無から有ではない。

 

環境、支配度、影響などの「周囲の事象」で起こり得ることが前提だから、

「無」から、いきなり「心の病」には至らない。

多くは、「足を踏まれた人間は踏んだ人を覚えて、足を踏んだ人間は覚えていない」。

それが心の病のイメージ。

いじめも似たようなところはあるが、少し違う。

 

「加害者本人」の焦りや諦め、始末などを考えた結果がこの事件に発展した。

自分がいない前提なら、手を煩わせる必要はなかったと考え、見えてきた先で

そういう行動に至ったとも考える。

 

精神疾患をいまだに「本人の心持ち」だということをいう人は、

武士の世界から抜け出せないのだろう。

 

文化は大事だけど、精神疾患も幻想だけど・・十人十色の私が書くとややこしくなるが・・、

今回は、「心の病」は周囲の事象によるものだから、「単なる放火魔」とは違う。

「京都アニメーション」とは、全く別物だということが大前提で見るべきだろう。

同じにしてしまうと話の根底を乱すことになる。

 

心の病という存在がなければ、周囲の事象がないってことで、野生動物も同じだからなぁ。

「本人の心の持ちよう」だと思ってる人は、「野生動物」に近いという意味。

頭ごなしにそうなる。

心を病みやすい人は、状況や環境を熟考できる人だから、人間味はある。

 

社会は単なる放火魔で、片付けるか・・見ものだなぁ。

明確に分類しないと、今後も同じことの繰り返しになる事象ではある。

ちゃんと人をわからないと「カルマ」は解消されない。