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「学歴コンプレックス」の人の本質。
学歴を気にし始めても仕方ないこととわかってるのに言い始める人。
目の上のたん瘤のように言う人。
そんな人は、たいてい承認欲求が強いだけ・・というのは、客観的なもの。
その本質に仮説を立てれば、
ゲーム好きの集中力をもっと別に活かせばいいのにって感じのことが、
その人にも起きている。
その人に起きていることは、「義理」や「義侠心」の方向性がおかしいから。
そういうコンプレックスを招く。
「努力した分だけ」還元されないと不満を持つのは、人間だから仕方ない。
そこに学歴を持ち込むことで、話をややこしくしている。
中卒や高卒でもそれなりの起業ができる人は多い。
けれど、大卒なのに何もできないという人も多い。
そのバランス感覚に「義理人情」、「義侠心」を持ち込むことで
妬みのようになってしまうということ。
努力してなさそうな人が成功できて、大卒の自分は成功できない、
そういう現実を受け止めれない人は、「義侠心」の方向性を考えたほうがいい。
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「義侠心」と「学歴コンプレックス」を兼ね合わせて今後の未来を考えれば、
「高校制度の廃止」が見えてくるのよね。
「大卒にならなくてもいいよ」ってぐらいまで中卒までに仕上げればいい。
それで、「学歴コンプレックス」は軽減されるはずなのよね。
その上で、補習用に高校制度は残すってのはありだとは思う。
◆
「そ」が多い文章になってしまった。
私は、少なくとも学歴に不満はない。
電気通信専門学校卒業でもね。
「電気の道」に進んでいない私。
義侠心の方向性を変えているので、そんなに気にしない。
中高の在校時に、教師にも何度も言われてるからね。
「その手の学校を出たのに、ほかの職に就く人が多い」とね。
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人生は自由だが、歴史は固定されてると思ってるから、
そういうことなのだろうと思ってる。
歴史は書き換えれない部分が多い。
書き換えれるのは人生と状況だけ。
559年先までは歴史は書き換えれないと思う。
人生は倫理や人道に反しなければ、どうとでも変えれる。
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ピクシブにこういうのを投稿した。