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「ミャンマー」のことかなぁ。
いつになれば終わるのだろうなぁ・・。
酸素をなくしてあげれば終わるか・・。
こんなに争っていたら、人類は自分の歴史を自ら片付けてるように思えるのよね。
世のデジタル化もそうだけどね・・。
すべてデジタル管理になってしまえば、世界規模の災害や太陽フレアが来たとき、
歴史文献が一切手元にない状態になるからね。
そう考えれば、どの道、「争いの理由がなくなる」のは必然に訪れるか。
学校としても、歴史の授業を教えることがなくなるってことだからね・・。
その国の解釈で、「争いが、どうであったか・・」を教えることがないから、
歪んだ歴史で洗脳されることもないから、変なところで怒りは持たなくなるか・・。
言語、国、歴史、政党、派閥、思想など争いの種になる、きっかけがいっぱいあるけれど・・、
言葉を統一して、国境をなくして、歴史がなくなれば、人は行きたいところに行くのだろうか。
宇宙系のアニメのように、いつまでも派閥を持ちたがるのだろうか・・。
そして争いたがるのだろうか・・。
記事を読んでる限りは、水掛け論ならぬ、放火ケ論になってきてるなぁ・・。
情報戦の初手はいつもこうなのか・・。
ほかの国や土地もそうだけどねぇ。
極貧国家・・・難民など・・。
お金の概念・・、自由の概念・・。
世の中が「多様性」を重視してるようだと軍事国家も容認せざるを得ないのよねぇ・・。
軍事国家も、一つの集団の生き方だからね・・。
寛容的に見ないとねってなる・・。
正直、「多様性」も問題なんだよなぁ・・。
「自由」のほうがまだ良い。
「多様性」がすごく怖い。
防衛するほうも多様性だし・・、外部の考え方も多様性だし・・。
集団で相容れないなら、難民としてではなく、「別の離脱システム」を作ればいいのになぁ。
悪しき道に進まない限りは離脱していいことになるとか・・。
これこそ、収まるべきところに収まれば、上手くいくってものだと思うけどねぇ。
「十人十色」を理解しようとしてる私にとって、それは対立を生む考えなのかもしれない。
