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動画やライブ配信を惰性で見続けたり、集中的に見続けたりすることは、
やはり依存や中毒の傾向がある。
ストレートな表現でいえば、「自らの意思で、時間を奪われに墓穴を掘りに行ってる」
と言えよう。
楽しいには楽しいと思うけれど・・、オンラインゲームに匹敵するほどの依存度はある。
ライブ配信で、「ダメっ子」を演じてる人を見続ければ、
そのダメな部分に愛着を持ってしまえば、扇動的洗脳になってくる・・。
無機物から聞こえる声は、催眠そのもの。
スカイプで地方の方言が伝搬するに似る。
そう考えれば、いつでも「宗教」でも、「テロ集団」でも作れるかなり良好なツール。
いくら規約に書かれていても、宗教化はし始めてると思うのよね。
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ユーチューブがはやり始めてから、来年で「15年」を迎えることになると思う。
そして来年は、「サタンの年」になる。
2022年6月6日。
1+5で、「6」。
さぁ、来年は動画やライブ配信を筆頭に「悪しき時代」に突入しそう。
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「V」で活動してる人は、後々、「児童ポルノ問題と同じことになる」ということを
理解しててやってるのかなぁ・・。
擁護されすぎる立場はいつか崩壊する。
仮面をつけたまま、声だけしかわからない、しかし、アニメーションの容姿はよい。
日本語名で、「猫かぶり」にふさわしい名前だわ・・。
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「ストレス発散」と書いて、「我慢の限界を下げる」と書く。
コロナで、浮き彫りになって崩壊していくのは、「人の作り上げた、甘い部分」であるから、
ストレス発散も、「自分に甘い」ということで、浮き彫りになってストレスを感じる。
2007年は、「我慢の年」と表現された予言が出たのは、
動画やライブ配信などに手を染めないでいたほうが健全に過ごせたということ。
ユーチューブが同時に流行ってるので、「動画」は、「我慢弱さ」の象徴なのだろう。
ストレスは、テクノロジーに流されない人ほど現在、すごく低いと思う。
ただ、食物・糖分依存、喫煙者は別。
仏教的に、「我慢」と「苦行」はセットだと思うのでね。
ストレス発散しないで、我慢していれば、常に天井は青天井になり、「仏」となるイメージ。
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ストレスを可視化できるツールができたようだけど・・、
人間学習しないなぁって思った。
がん検診や人間ドックと同じで、その検査でストレスを感じるだけ。
見えないものは見えないでおいておくほうがいい場合がある、
無神経な神経質にならなくていいのよ。