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もしも、大手通販がつぶれてくれた場合

 

製造業は文句が出るだろうけど、それは、おかしな文句。

安い製造を大量にしておいて、お客が居なくなったと訴えるかもしれないが、

それはお門違い。

 

安く多くに甘んじて、安く提供していれば勝手に売って行ってくれると

ぬるい商売をし続けてきたのだから、その反動で今までの安い提供が仇となって、

「仕事」に依存していると言える。

 

本来の姿に戻るだけで、大手通販の存在は「ぬるい幻想だった」とも言える。

それに甘んじすぎて、環境問題を無視し続けたツケも大きくなる。

 

大手通販がなくなって大きな出来事になるのは、

「惰性で汎用性のあるものを安く作り続けてきた」という癖が、

身に染みている製造業ほど、苦しむことになり、今の「下請け体質」を持つ「町工場」よりも

もっと深刻であると言える。

開発の柔軟性を持たないし、汎用性のあるものばかり作ってるのだからセールスもできない。

汎用性のあるものばかり過ぎて、応用も効きにくい。

 

大鉄班を失った時の柔軟性と営業力、開発力のない製造業は、

たとえ伝承企業、伝統企業でも、製造業の下克上に巻き込まれて、

倒産していくだろうけど、「モノづくり」の質は格段に上がるだろう。

 

仕事を得ようと「下請け」をしなくなり、汎用性から独自に切り替わるので、

営業力が変わってくるため、柔軟性と動線が変わり、安くて無難な仕事から脱却し、

「真実の稼ぎ方」を知ることになる。

それが強く表れるのは、繊維業と紙製造だと思う。

 

どこも同じという汎用性のものばかりを作り上げてきた惰性の製造業ほど苦しみを覚え、

変化を持てず倒産するか、一生販売店にヘコヘコしながら安い製造しかできない体質か。

間引かれなくても、人手不足、ブラック化につながり、バッシングを社会から受けやすくなる。

 

どこでも同じではない、「独自だ」という製造業ほど、熱量が変わり、大きな変化で売り上げを伸ばせ、会社の規模も大きくできようね。

保険として、外部の販売店には少し置く形をとるイメージ。

これからの新たな伝統企業になっていく。

 

 

どこでも同じような製造をしていたら、ノーブランド化になり、安い仕事しかできない。

そんなのは、強制労働も同じ。

完全機械製造でもないために、不幸せ体質の人も多く輩出してしまう。

職人じゃなくても、誰でもできるような仕事であれば、しんどい思いをするのは作り手。

 

大手通販に甘んじ、作ることに携わってもいない人に販売されるような屈辱的な売られ方は、

私は、もう時代ではないと感じる。

少し高めの独自の生産をして、理解ある人に販売をしてもらうことが、

最小限の条件だと思う。

大手通販は、セールをしてる時点で、製造先はどうでもいいと言ってるようなものだからね。

税逃れ企業だし・・。

売れればいいから、汎用性のものをどんどん作れって感じの流れ。

 

 

「SDGs」の観点から、

100円均一(300円、500円)の販売方法、安物衣料販売は、問答無用でアウト。

温暖化を促して、「つくる責任、つかう責任」を完全無視。

ごみ問題も大きい。

 

 

モノづくりを全国規模で活気づけるには、そのあたりを見直したほうがいいんだよ。

安く多く売れれば、販売側の売り上げは伸びるけれど、製造業は一向に増えない。

「SDGs」の時代に合わない経営術に巻き込まれても仕方がない。

製造業が、安い仕事をするから、環境問題に発展するんだ。

作った分は、どこかの時点で燃やさないといけない。

通販や安売り販売業に振り回されて、作り、増やした分をこれから先、責任をもって

処理しないといけないと思う。

コロナよりも甘んじる体質、質の悪い関係性を断ち切らないと、モノづくりに未来はないし、

地球の未来も変わってくる。

地球が完全に水没したときは、また必要な手段ではあるけれど、今は不要な関係。

 

安い仕事をさせられてる繊維業に、表舞台の「ポジティブ」な声掛けは、全部裏返って、

強制労働を促されてるように感じる。

名芸集も、製造業を苦しめてる。

「個人うんたら・・」、「輝く・・」、「明日の・・」、「協調性うんたら・・・」など、

いろいろ考えても胸糞悪いほど、どんなことなはいと言い切れる。

ポジティブな一言ですら、裏舞台だと全部、反対語になるので、腹が立つ。

強制労働を促す言葉にしか聞こえない。