閲覧、いいね ありがとう愛してる。
ここの追記をする。
面白いサイトを見つけたので、そこと合わせて改めて解釈する。
(この中の「お金の話」は、2回ぐらい書いたなぁ。)
子離れ、親離れ、家族からの共依存、会社からの共依存・・全部に当てはまると思う。
大量生産での共依存は、その持ち場に縛られて仕事を得る。
その量が多く、リレー方式でつないていくため、テンポが良ければ「与える喜び」が強くなる。
テンポが悪くなれば、「与える喜び」が、もどかしくなり腹が立ってくる。
その波の変化によって、「与える喜び」の天井が薄くなっていく。
天井を突き破らないように、別の器を用意しないといけない。
「受け取る喜び」の器は空っぽにしないといけなくなるため、自分の幸せや趣味を放棄し始める。
両方の器を使っているので、自分の人生に何も残らなくなる。
幸せになろうとしても、受け取るための隙間がない。
相手の幸せを喜ぼうとしても、受け取るための隙間がない。
なんだか、自分が悪いように聞こえるが・・人の心をもてあそんでる社会が悪い。
次の段階に行くべきなのに、産業は今に甘んじてる。
大量生産の作り手は、「与えすぎる」ので、受け取るための力がない。
それ相応に喜ばれないと、人はバランスを崩すということ。
笑顔は失せるし、家族不和やギャンブル依存に走る人が多い。
中途半端に楽になった仕事ならば、仕事に誇りが持てないのも当然。
地道に丹精込めるのがモノ作りで、受け取った人がそれ相応でないと
バランスが悪いわけで。
大量生産の一部は、苦労して作って、無表情ですぐに捨てられる気持ちだよ。
例えるなら・・
バレンタインで本命チョコを本気で作って、相手が受け取ったと思ったら
目の前で、相手が無表情で、叩きつけるようにゴミ箱に入れられるようなものだ。
あるいは、作りたくもない本命チョコを100個生産しろ・・と言われて作ったはいいが、
全部、目の前で溶かされるような気持ち。
少なくとも、衣類ロスの原因の前に、その衣類を作ってる側の気持ちはそうなるし、
私もそういう気持ち。
◆
今日はよく書くなぁ。
●
ゲーム実況者のライブ配信で、ワクチン接種の話題でヘラヘラしてた人が居たが、
2回目の辛さを知らなさそうだな・・。
面白いことになりそうだ。
私はようやく、「はがき」が来た。
