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テーマパーク関連の乗り物を作ってる工場。 (ここはイメージ)

おそらく、「娯楽」と「モノづくり」と、「相手の笑顔」が好きでないと、多分、無理な仕事。

昭和の頑固一徹のような考えでは、「「娯楽は、二の次」という頭があるので、

そういう人はすごくストレスが溜まって、頑固一徹なので会社には文句は一切言わないから、

家庭不和や、動物虐待、ギャンブル依存につながる。

 

教わってきた常識とは真反対な仕事をして、心が汚されていくストレスで八つ当たりをする。

大体このパターンは、モノづくりができればどこでもいいと思って入ったところが多いと思う。

つまり、昭和の考えで「どこでもいい」という自棄が、心の潔癖症で自暴につながるから。

 

安全性は重要だが、シーズンごとに、しつこくテーマパークがあれこれと要求するので、

丁寧に製造できないから不備が出る。

 

 

大量生産の工場は、何度か書いてることだけど・・。

おそらく、「与える許容量」と「モノづくり」、「同じ光景」が好きでないと、多分、無理な仕事。

 

家族の昭和の考えの押し付けで、私は、泣く泣く今の仕事に就いたようなものだから、

自分で選んだ道ではない。

そして、「与える許容量」は、毎日「天井」を超えているので、精神的に疲れて当然。

心理上、「与えること」は、「幸福になる」とされるが、その天井を突き破ってるのが大量生産。

突き破れば、結局、人生を汚されてる感覚に陥って、幸せになれない体質になる。

 

正確には「なれない」のではなく、「なるため」の許容がほぼない。

手放せば得られるが、会社によって共依存させられて、安直に辞めれない状況になる。

 

人生を汚されているので、笑顔がなくなり、他人の幸せが腹が立つようになる。

心の潔癖症も発動して、新たな知識、人徳を得ようと思わなくなる。

物理的潔癖症も発動して、汚れたものを触りたいと思わなくなる。(トイレ掃除やペットが無理)

趣味も継続力を失う。

「与える力」を使い果たし始めると、自分に褒美すら与える気力がなくなる。

 

これ以上、汚されたくないという思いが強くなる一方で、自分で自分の幸せも壊したくなる。

不定期的に書いてる、「誰かを殴りたい衝動」、「自傷したい衝動」は、

人生を汚されて、与えすぎているから、反動で奪いたくなるのは当然の流れになる。

 

個人として、そのストレスから逃げるには、酒か、タバコか、ギャンブルか・・。

道徳と倫理を理解してないと自制心は抑止できない。

 

社会が大量生産と、大量分散販売をやめて、工場に適量生産と適正価格を入れれば、

大幅に解決するのよね。

 

 

両方のパターンで言えるのは、人生を汚されるようなモノづくりになっていること。

それも、人権侵害レベル。

 

セールや安物販売を見てるだけで、社会ってクソだなって思う。

「魂」から、「幸せ」を奪われるような気持ち。

そこに残るは、「不幸せ」しかないからなぁ。

 

他人の輝く姿は嫌いになるし、子どもの速度は嫌いになってくるし、しかめっ面になってくるし、

自分が幸せになろうとしても一歩も動けないし・・「勇敢さがない」とかいうレベルではない。

 

自分の意思で聞く気もない笑い話はすべて侮辱されてるように感じる。

腹が立ってくる。

 

なんて無駄なものばっかり作ってんだ。

作り手は、人生が、スリ減る一方だよ。

そんなスリ減らされるとわかって、人手不足だからと言って工場に就けると思うか。

(私は嫌だったのに、家族が執拗に脅迫的に就職を押し付けてきたから、今こうなってる。)

 

職業選択の自由なら、「自己の意思」を尊重しろよって思うけど、

強要されて「家族の意思」を尊重してるので、「人生を汚されてる」のは当然の流れ。

私の意思は、「個人事業主」、それを否定した家族。

 

「ペット以下だ」とか、「土下座しろ」とか・・人権侵害レベルのことを家族にされてる。

今の仕事につけたときも、「一方的に」喜びやがった。

私にとって、就職は何より不愉快なこと。

おごりでは無く、その次元まで進めていたのを足を引っ張られて、次元を下げてきた。

 

工場という「鳥かご」に居ても、ホントにストレス。

仕事はしんどい割に、次元が低すぎるから。、

身の丈以下だと猫背になりそう。

 

本当に工場が嫌だから、今日は2回に記事を分けて書いちゃったよ。