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テレビ
心霊番組やってたんだね・・・観たいという気力すらない。
別の局、夕方の特集で、「柔道着製造の現場」が流れてた。
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製造業が、「こだわり」を失えば、「自殺」も同じ。
心霊番組よりも怖いぞぉ。
私が、今のところ務めてる「タオル産業」の一工程の工場なんて、
ほとんど「生きた地縛霊」だよ。
常に、無尽蔵。
常に、同じ光景。
常に、味気ない。
常に、詰まらない仕事。
常に、同じことをする。
よく聞く「地縛霊」と同じ行動をしてるようなもの。
それが「生きた」だから、「疲労」、「時間」、「存在意義」を自分に問い始めるのも当然ある。
死に近い。
何が経済だ、クソだな。
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テレビの「柔道着製造」は、ふり幅が狭すぎるため、他の繊維業を3つ掛け持つと
それぞれ適量生産で維持できそうな気はする。
映像を見る限り、最悪、バス型の移動工場でもいいわけで・・。
安くはするな。
生地もこだわれ。
やり方もこだわれ。
作り手を廃人にして、他人を否定させるような人格に育てたくないならね。
繊維業はちょっと隙を見せたら、地獄になる。
売れないのも地獄だろうけど、安く売れすぎるのも地獄なのよ。
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携わって作ったものが正規の値段で売り解されてる喜び。
携わって作ったものが不正確な安さで二束三文で使い捨てにされる哀しみ。
さぁ、どっちがいいか。
少量生産ながらもしっかり作りこんで、月18万円~25万円の給料がいいか。
大量生産で何のこだわりもなく「それっぽいA品」を作って、月17万円~月23万円がいいか。
作り手として、生きがいを感じるのはどっちか。
後者で、タオル産業なんて、生きた地縛霊なのでね。
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販売業のふり幅が「100」とすれば、製造業は「3」なのだから公平性が最初からない。
これは最凶の不条理。
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これの考えを元にすれば、
自殺者の自殺の本質的な理由は、「生存をこだわらなくなった」、「こだわれなくなった」。
自殺者があっさり自殺できてしまうのは、「勇敢」ではなく、
「生きるこだわりがなくなり、「自」を失った」からだと考える。
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あれを勇敢だと言うならば、製造業が「社会からのパワハラを受けてる」のではなく、
「社会から、毎日のように人殺しにあってる」ということになる。
現に、一部の産業は人殺しレベルの作業量過多だけど・・それも生産過多と知ってて・・。
磔にされて、毎日「待ち針」を体に複数刺されるようなものだよ。
人の原形をとどめなくなるまで、栗のとげとげのようになってしまう。
製造にこだわりがなくなれば、人としての尊厳を失わされるのは違いはないか・・。
大量に作り、安く売ればね。
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大量生産に関しては、何度も書いてる。
本来は「いじめ問題」と同等の思考価値があるのに、
やはり、「幸せのために、誰かにシワ寄せを受けさせたい」ということか。