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災害時に避難せよと言われて・・しない人は・・。

・他人の努力を無駄にしたくない気遣い

・自分の努力を無駄にしたくない気遣い

 

後者は、オンラインゲームで、地震が来ても避難行動しないでライブ配信するような人。

 

前者は、先駆者・先人の人たちを信じて、かつ、現場を知っているか現場関係と仲が良いか、

そういう人がなかなか避難行動しない・・。

 

この手の動画を見て、何かモヤモヤする後悔がわくから、避難行動をしないままになる。

家だけは、住んでるところだけは、使い捨ての傘のようには扱えないという思いがこもり、

愛した街というのもある。

永住したいほど愛おしい街だったら、私だったら、避難行動をしないだろうなぁ・・。

 

「形あるものは壊れる」とは言うけれど、他人の努力と自分の想いで作り上げたものは、

掛け算なので、避難しないという意地を張るよね。

使い捨てなら、割り算になり、割に合わない仕事になる。

 

そういう似たことが、今日ネタで書いた、東京都民の飲食店の言い訳に

つながってるのだと感じる。

作り上げたものなのだから、使い捨てにされたくない想いはあるが、

論点がズレてるので、避難行動をとらない人と本質は同じと感じる。

これはこれで、「自分の努力を無駄にしたくない」タイプ。

 

原因としてみれば、「他人の努力」、「人間関係」はどうとでもなると考え、

残りの原因は「お金の概念」、「自分の見栄」、「世間体」だけなのよね。

 

お金の概念は、プライドと絡んで、お金を払うとき、「1万円」の新札の使用が日課になれば、

それ以外の行動をとったとき、世間はどう思うかという「恐れ」。

「新札で常に支払って、社会貢献してる有意義な自分」みたいなところ。

 

 

例外として、生物的に助からない死を察知して、避難しないというのもあるだろうね。

それで助けられても、逆に塞ぎこむ。

家とともに命を失いたかった思いを不完全燃焼にさせられるのだから当然。

そういう場合のメンタルケアは、ズレると状況悪化する・・。

 

都会の一部を広範囲な自然公園にしよう。

と、しても無理なわけ。

取り壊すのに「兆」単位はかかるのは別にしても、多くの人が作り上げてきたものを

それよりも少ない人数で大規模に取り壊すのだから、他人の努力の問答に発展する。

 

それを踏まえれば、東京で地震が起きれば、被災による重傷者が多く出ると予想してる。

「他人の努力の価値」と「お金の概念」は、人の心を蝕んで、弄んでる。

こう考えれば、「大阪都構想」が蚊ほどにしか感じない。

 

 

掃除できない人は、意見が歪んでる。

掃除ができないからと宿を転々する人もそうだろう。

 

掃除は脳の整理でもあり、生物的テリトリーの維持力でもあるので、掃除は必要。

テリトリーがない、荒れてるということは、意見が歪んで当然。

 

方向性を変えれば芸術家になれるけどね。

それだけのエネルギーを持とうと思ったら、掃除をしないといけなくなるからね。