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「NON STYLE」の漫才を数日ぶりに見て思った。

それぞれの動画チャンネルで、それぞれのやりたい本質が見えるなぁ・・って漫才。

 

石田さんのチャンネル(あきらお兄さん)の本質かなと思った漫才

この踊りの感覚で、踊ってみた系を「あきらお兄さん」のチャンネルで出したら面白そう。

 

井上さんのチャンネルの本質かなと思った漫才。

井上さんの「この対応」で、ゲーム実況してみたら面白そう・・。

ゴシックネタよりは良さそうに思える。

 

本質を見れば、それぞれ芸人としての立ち位置が変わらないように思えた。

石田さんが言う「一歩」がなくても、本性がどことなく残ってる感じが漂う。

「一歩」のほうが重要で、気を使いっぱなしで、やりたいこともできない枷になる。

 

クロスワードで最初から答えだけを割り出すか(奏者+本性=個人活動)、

クロスワードで全部解いて答えを出すか(演者+本性=漫才)・・その違いなだけ。

 

奏者をソーシャルに引っ掛けて、社会的な自分

演者は、演じている自分

その差分をして本性を割り出す・・イメージ。

 

 

どこかの番組の「香港特集」で、「80年代の香港はよかった」とインタビューに答えていた

香港の方が居たが・・私の中では、「確かに・・」って思った。

 

なぜって、「霊幻道士」が香港映画で、「キョンシー」が流行り、その年代は盛り上がった。

日本と香港の調和が、かなり良かったと感じる。

 

父親が録画した「VHS」はもう見れないが、今はDVDを持ってる。

同じ映画なのに、録画した「VHS」を850回以上は見てたなぁ・・。

私のスピリチュアルやオカルト、占いの「感性の原点」とも言える作品かもしれない。

 

最近、愛がありすぎて、この作品を見るとビクビクする。

臆病になってるように思えた。

 

少し戻れば・・。

その年代当たりのカンフー系映画も大体、香港映画のように思える。

「幽幻道士」は乗っかり系の台湾映画だけど、香港にリスペクトしてる作品ではある。

 

中国の良いところを発信できていた場所ではある香港。

そこの自由が奪われれば、悪い面しか目立たなくなったと言うオチ。

「動いてこそ歴史は動くもの、自分以外の者に歴史を動かす機会を与えない」と

言わんばかりに、やりたい放題。