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アスリートが語ってはダメな気はする。

話をややこしくするから。

それに、「いじめ問題」は、私の中で解決してるのだけどね。

今までとはちょっと違う書き方をする。

 

世の中はジェンダー問題が大きいが、火を大きくしたがるためにそうなってる。

だから、あえて男女別でいじめの本質を書いてやろう。

 

男は、何物にも上に立ちたいと思ってる人が多い。

縦社会をイメージできる。

ということは、横に広げれる横社会を得るには、同姓異性関係なく、従わせないといけない。

それで、いじめが発生する。

 

女は、何事にも横に広げたいと思っている人が多い。

横社会をイメージできる。

ということは、誰かが頂点を目指さないと収拾がつかなくなるしかし、同性同士が良い。

それで、いじめ問題が発生する。

 

ここからは性別ではなく「していること」から考える。

 

スポーツやクラブは、縦社会が主体。

このことから、アスリートが語るのは良くないと考える。

 

運動部でもない人が、球技関連の部活の「球拾い」を観ると「いじめ」に思う時もある。

 

果たして、「球拾い」は「いじめ」か、柔道の組み手による「受け身の練習」は「いじめ」か。

その視点で、スポーツマンは「いじめ」を語っていると解釈してる。

それは縦社会の「掟」のようなものだろう。

 

芸人や芸能人、テレビ局は、体育会系の縦社会。

縦社会は、縦社会を共感するので、さらにややこしくしてる。

 

視聴者は、横社会が主体。

誰を信じていいか分からないから、好きな人を信じてしまう。

横社会は、宗教的な部分があるので、言いなりにならなかったら「いじめ」を

起こすようなもの。

それは「規則、規律」のようなもの。

 

それで賛否があるという仕組みになる。

縦も横も余分な議論を外せば、本当は「いじめ」は起きない。

 

横社会を「学校」や「会社」という一括りにして、縦社会を「学年」や「官僚制」という

一括りになる。

それが日本にとって程よいバランスなのだけど、

いじめられる側は、それを強く信じてる、人を信じやすく優しい人。

いじめを起こす側は、それが逆で、縦が自分たち、横が組織が軸になってる。

 

 

まぁ、いじめる側は、親の背中を見て育ってる場合と、アニメやゲームで育ってる

場合もあるから、対して多くはない。

 

 

今回の記事の結論。

 

人嫌いだから、いじめを起こす。

人が好きではないから、いじめを起こす。

 

人が好きだから、いじめられる。

人が嫌いではないから、いじめられる。

 

縦社会と横社会を持ち込むからややこしくなる。

スマホという「純粋・横社会」と、運動部という「純粋・縦社会」が話をややこしくしてる。