閲覧、いいね ありがとう愛してる。
今日の仕事は、妙に動けたなぁ。
しかし、工場は嫌いなんだよなぁ・・。
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黄砂の影響で、マスクをとった瞬間に鼻水が止まらない・・。
鼻が弱ってるなぁ。
鼻水ってことは、五行説の「金」だなぁ・・。
マスク生活が長引けば、花粉よりも黄砂で体調を崩す人が増えてくるか。
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液体としての染料や洗剤は、水で伸びて蓄積しても薄いまま。
(絵の具の筆洗いをイメージ)
粉末としての染料や洗剤は、蓄積して濃くなる。
(粉末洗剤が水温で残るというより、蓄積で残ってる可能性もある。)
エアスプレーの塗料は、調色の段階までの濃さにしかならない。
(粒子ではあるけれど、液体と同様)
まぁ、当たり前か・・。
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独立・自立の道を考えてはいるけれど、うーん。
動画は安直過ぎる。
今更、高性能PCはね・・。
それに、エゴイストの塊になりたくないしなぁ・・。
後々を考慮すると、やはり不利な立場になる。
ブログのライター・・うーん。
稼ぐための物書きは、少し・・しんどいかもなぁ・・。
動画や短文で済ませる人が多い中では、長々と書いても飽きられるだろう。
そう思えば稼げなさそう。
観察者でありたいがための何かの運営。
楽しそうではある。
ただ、観察者が反転すれば、指摘者になるため、プライベートでの動画配信は
やればやるほど角やトゲが出る。
そういう人は、観たいと思わない。
運営は運営のままで、コツコツしてる方が良いと感じる。
何が良いかなぁ。
流れをつくれてない状況だしなぁ・・。
ある程度、現場業が良いなぁ・・。
「判断力」で色々捌くのは楽しいからねぇ。
だから、「ピッキング作業」に縁があるのだろうか。
(寄付プランによる事前寄付も成功しやすい。)
オーケストラの指揮者に近いものは感じる・・、誰かのタイミングでは動きが鈍くなる。
社会のトリアージも楽しそう。
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「多様性」より、「芸術」と言う括りの方がしっくりくる。
多様性は、悪い方面もすべて認めるべきと言うものなのでね・・。
「それは多様性ではない」という、そのものが多様性ではない。
ジェンダー問題のように、個人間の問題がいつの間にか暇人によって、
拡大解釈されてるが・・小さな火を消すだけで良かったのに、大きな火にしちゃって・・。
「水掛け論」ではなく、「消火器論」
小さなボヤでも、赤い消火器を丸々一本使い切らないといけない。
余分な考えがそれだけ増えて、「掃除」と言う名の収集も付きにくい。
同じ事象が蓄積されたなら、まとめて裁判もできないし、細かい裁判の手間もかかるだろうし、
それでも和解はないだろうから、「抗議デモ」という形が安定的なのだろうね。
しかし、世の中は多様性を求める時代だよなぁ・・。
「社会問題」そのものを寛大に観ないといけないから、奴隷的な仕事も多様性で逃げれる。
つまりは、「奴隷社会を認めること」が、今の多様性の考え。
ブラック企業も、多様性の内だよな・・ってこと。
通販でウハウハしてる人の裏では、大量生産で必死に生産をしてるが、
安易に捨てられる世の中、「幸せはシワ寄せ」、それが真実の多様性。
そんな歪んだ多様性より、芸術の方が安定的なイメージ。
今のだと「個人の自由だ」という主張と変わらない現象に陥る。