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歴史の授業の在り方
今まで、不思議だなと思ったこと。
歴史上の書物や工芸品などで、「その時代に、それが起きた」と知ることしかできない。
しかし、その筆者は、果たして真実を描(書)いているのだろうか。
それが不思議。
立体に起こすも、どこかで抜け目があるのは当たり前。
なぜなら、いくら物を書いても、その人の立場(階級)がいかなるものか次第では、
歴史の真実が変わってくる。
極貧の無名の人が歴史的産物を残すことは、まぁ・・ないだろう。
下級庶民の人も、残したとしても、神社仏閣で預かってる分だけだろう教科書に載るほどでもない。
中級階級の人は、ギリギリ信用はされるが、歴史上は当てにされないだろう。
上級階級や特階級の人は、絶大な信頼があるので、歴史の教科書の当てに使われる。
今は、ウィキペディアがあるが、なかなか信ぴょう性も半々か・・。
ナポレオンも、徳川家康も低身長だったという史実が本当かどうか・・。
混乱するね。
エジプトのピラミッドの話で、実は充実した仕事だったという話があるようだけど、
その歴史的な文献は、誰の視点なのかな。
本当に奴隷であれば物は書けないだろうし、苦痛は分かっても、それを発することもできない。
中級階級の人が、状況の解釈を歪めて、伝承してる可能性もあるわけで・・。
下級階級の人は、残虐だったという記憶しかないかもしれない。
上級階級の人は、良い案、福利厚生を出し続けたと言い張ってるかもしれない。
歴史の授業は、「大学や専門学校」、「知りたい人だけ知る」という事でも良いと思うけどね。
法律の解釈は、確実な伝承があるので、解釈力があればだれでも読み解ける。
SNSは、その人がどういうシチュエーションか次第で、話がコロコロ変わる場合が多いため、
歴史上は当てにならない。
歴史って、法律以上に難しいと思うのよね。
特定の人物が出したものでしか、確認できないから、信用できるか否か・・意外と取り扱いが難しい。
それに政治的に歴史を歪めてる可能性も大きい、国際問題の一つだと思うのよね。
歴史の偏向解釈は、国家間の争いに繋がってる。
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何度か書いているけども、動画配信は本当に慎重になった方が良い。
「楽しければいい」ならば、その配信者が亡くなった場合どうなるか。
登録者数が100万人を超えてる場合は、確実なロス現象が起きる。
50万回再生単位でも、5万人が後追い自殺をすると想定をしておいた方が良い。
(万が一、後追いが発生した場合、残された家族や親せきなどに責任や精神的負担が出る。)
「喜楽」あるいは「怒」にステータスを振り過ぎて、その反動が「哀」だけが特化する。
「哀」は、「衰」にもなり得るので、精神的に病むということも考えられる。
それを考えれば「動画配信」は「人の欲を利用した最高の人口調整ツール」とも解釈できる。
他も踏まえれば、「人口調整賛同基金」 + 「地球環境破壊基金」という解釈に至る。
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「自由になろう」とか「幸せになろう」と文言を垂れる人が居るが、
そういう人が動画を勧めると「薬物」に誘われてるようにしか思えない。
それが割と怖いところだよ。
動画配信者は、薬物はしてないのだろうけど、薬物勧誘に近いものをヒシヒシと感じる。
個人がアップロードできる動画配信そのものが、電子ドラックなのかもしれないなぁ。
ためにならないことばかりでも、再生回数が伸びてるのは、その人の声や動画の音で、
依存性を促されてるからだと考える。
20万人以下の再生回数で安定してるのは、それだけ依存してるということ。
(これで意味が分からないと、ちょっと世の中、怖い。)
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どんな名言集を読もうと構わないが、絶対値で、これには敵わないだろう。
「誰かが頑張ってるから今がある、幸せであるのは誰かが頑張り過ぎてるから、幸せはシワ寄せ」
本当の幸せは、ピンからキリまで誰も利用しないこと」。