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大量生産と大量分散販売

世の中が慌ただしく意味を持たない忙しさの原因。

 

例えば

経済と、お金の概念が必要なく、供給完了を前提とした場合、完了を知ってる場合、

大量生産、大量分散販売をする必要はあるか?

知っててそれを行う必要はあるか、

 

そもそも、その必要性をくみ取らずに、自然に還すべき集落も永遠返せないままになる。

 

大量生産の「本来の力」は、「需要」ではなく「供給」なので、セールや安売りを前提する場合、

それは大量生産ではなく、「植民地主義的地球環境破壊募金」なのよね。

大量に作るメリットは、「祭事」「催事」「災害」の事象と「ホテル」「病院」「学校」の場所が

主な緊急性を伴うこと。

出鱈目な大量生産はダメだと思う。

 

歪んだ多様性は、誰かを「シワ寄せ」にする可能性を高める。

1人の大きなクリエイティブ活動のために、99人の時間が奪われ、振り回されて、

その人達が大きなクリエイティブ活動ができないのが、今のまま進む多様性。

99人の仕事次第では、その仕事が好きな可能性もあるが、クリエイティブ活動も

できないだろうね。

 

 

ゲームはしたくないし、持ってないが・・。

 

任天堂スイッチのフィットネス器具(リングフィット)を観て思いつく・・

あるかもしれないが、遠隔型の「手押し相撲」や「おしくらまんじゅう」などができそう・・。

それをオンラインでつないで、運動メニューごとに競うか・・何か出来よう・・。

 

「手押し相撲」は、筋トレ系が近いかな・・。

「おしくらまんじゅう」は、ヨガ系が近いか・・。

 

リズム系をイメージするなら・・「おおなみこなみ」、「あんたがたどこさ」かな・・。

筋トレ系にプラスするなら、「ゆうびんやさん」。

ヨガ系にプラスするなら、「なべなべそこぬけ」。