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今日のテレビを観て思ったこと。
スマホ持ちで依存傾向にある人の考えと、おうち時間の人の考え、
私のようなスマホ・ケータイを持たない者の考えが、バラバラだなと感じた。
(持ってる人と持ってない人の差は分かると思うけどね。)
少し前は、それが良識だったのに、なぜ、奇人変人扱いとして、お笑いになってるのか
分からないなぁ・・。
真面目な人を馬鹿にするお笑いがまた出始めてるなと感じる。
「良識ではないことが正しい」みたいな流れにもっていこうとする情報操作も、
薄っすらと見受けられる。
おうち時間が長い人は、割と話がかみ合わない人になりつつあり、
スマホ・ケータイ持ちの人は、利便性に陶酔しきって訳の分からない言動をし始めてる。
それを見つめる仕事が平常稼働で、スマホ・ケータイを持たない私。
世の中が、異様になってきてるのは見える。
日本らしさというのが崩れてきてる。
あぁ、これがAIか・・大したことはないが、厄介だなぁ・・。
右向け右とか、自由という考えなど十人十色だったのに・・・あの方向性に進める気か。
観てると、スマホを一定期間と年齢から持っている人は、「人」の輝きが薄れてきてる。
スマホと言う場所から、思考と心を預けすぎてる人が多いなぁ・・と思う。
ミャンマーや中国ほどではないが、日本の国民性を利用した感じの思考の統一が、
広まりつつあるように思える。
まぁ、利用媒体が「1」なのだから、「1」になるのは当然だけどね。
どんなに足しても、「1」は「1」で、アプリをいくつも使いこなそうとも・・。
空虚な「スマホ」と言う概念からは離れれないか。
「自分が自分が・・」というか・・「自己中」でもないか・・相手からの見え方がなくなってるから、
単なる「自」か・・。
人は「自」、そして、そのあと「ノ(け)」になるか、「目」だけになるか・・。
情報テクノロジーの利用で、人から「自己」や「自我」という概念がなくなる時代が来るのか・・。
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私の中の「映画風」の陰謀論
弾圧者が「自己」や「自我」を明瞭に持てる人とすれば、失われつつある人を
目覚めさせたい努力に見える。
逆に、「自己」や「自我」が失われつつある人が、弾圧者を独裁者と捉え、失われた人からの
反乱ともとれる。
夢が現実で、現実が夢のような感じの内容。
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「幸福」=「脳内麻薬が出ること」で、GDPが動くなら異常そのもの。
「幸せ」という行動は、誰かを辛く(つら)くすることで手に入れるもので、
「脳内麻薬」ではないと思うのよね。
「辛く」を「からく」に読み替えてはき違えて、「脳内麻薬」を出して依存状態になるというのも、
まぁ、幸福なのかもしれないけど・・。
日本の場合、幸せそうに見えてそうでない状態。
お互いに、「幸せ」と「シワ寄せ」のバランスが良いため、程よく低いと考える。
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ブラック企業の過酷さに比べれば、コロナ禍の我慢なんて・・蚊ほどでもないだろ。
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テレビで、「推し」について、「新語」のように話していた人が言ったが・・。
「あぁ、少し昔の宗教信者と同じね」・・と分かりやすく、年長者に説明してあげた。
昔の宗教は、一度入ると辞めれない、辞めにくい団体が多かった。
やってることは「神仏」の祈りなので、適度な距離もあり、「ご利益」と言う名で縋ることがある。
具体性を出すために「聖書」や「般若心経」、「祝詞」が存在し、祭りがある。
神仏の「祭事」は、「推し」の概念の中の「ファンフェス」のようなものなので、
その街の文化にとって、必要不可欠なのは分かるよね。
「冠婚葬祭」が「賞婚葬推」になる時代が来るのかなぁ・・。
「賞」は、ジャーナリスト関連の賞を観て、「賞」って、演技っぽいことをすればいいのかと・・
そんな安くなったかと思った。
祝い事には違いないが、祝えない内容を報じていたのに笑顔で受賞してる。
その矛盾が、かなりモヤモヤしてね・・。
マスコミのあるべき姿ではなく、マスコミの今の姿を体現してるかのような「賞」の報道だった。
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「LINE」の報道があったが、同情心か洗脳したいのか分からないが、
「LINEは必須ですからね」という内容を観てイラっとした。
スマホなんて、絶対値で必要ではないだろって思った。
私から見れば、スマホは現代病の一つだと考えてるから。
ちょいちょい癪に障る報じ方をするなぁ・・。
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今日の占いでは、「人に厳しくなるな、優しく見守れ」という内容だったが、我慢はしたほうだ。