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今回の「カンブリア宮殿」をちらっと観た。

「飲食系の工場」が「直売所」を持ったことで工場の維持に至ったケースが

紹介されていた。

私も、以前から「直営店」の事は書いていたが、意外と私の的は射てたんだなと感じた。

「飲食系」と違って、「繊維業」は逆の部分が大きい。

 

工場の職人が作りたいものをこだわって作る

飲食 → 期限切れが早いが、数を売れたら長寿経営になる

繊維 → 耐久性が良すぎるため、数を売ったらそこで終わるので短命経営になる

まぁ、食べれるものと食べれないものの差なのだろう。

 

繊維業は、耐久性を深く探求することがないのは、そのことがあるから・・。

きっと、タブー行動なのだろう。

それができたら、簡単に独禁法に掛かる・・と思われる。

甘い蜜として、縦横の簡単な編み込みで、染める色と捺染、模様入れ、刺繍などを

こだわったりする結果となる。

 

繊維業のB品や落ち綿は、ぬいぐるみや筆ペンに転用できないだろうかと・・。

 

祭りのない年のタオル業は、B品の数は少ないと思う。

地域人口の7割~9割分のタオルを供給しないと行けなるなるから、

その分、慌ただしくなり、他の注文も加工しつつしないといけないので、B品の量が増える。

会社名の入ったB品は特に多いと思う。

通販系のセールと被れば、なおさらB品は増える。

しかも、大抵、祭りは「夏」、セールも「夏」・・繁盛期ではなく、多忙期。

(安月給なので、作る側にはメリットはないため、あほらしく多忙になる。夏はサウナになる。)

(臨時ボーナスは、基本的にない。)

 

 

プラスチック社会。

「プラゴミ」と言う意味ではなく、現代の「社会の構造」を意味する。

「自由気ままでありながら自由ではない」、言葉で逃げ、歪んだ自由を求める我儘な世の中。

害悪な自由、厄介な自由と解釈する。

 

今回の宣言解除は、政治家は良いと思ったなぁ・・。

ようやく国民性を理解したかと思ったよ・・。

去年の1回目の宣言解除は、国民性を理解していないままにしたために、

リバウンドを起こした。

東京の街頭インタビューも、「解除の基準が分からない」という人が多かったが・・、

やや田舎の町から見れば、「去年と変わらず、都心の人たちは行動を改めていない」と

感じる。(強く言えば、自分が自分が・・と鈍感すぎる。)

永遠続けるなら、今の行動でも良いと思うよ・・夏まで解除に至らないと思うけどね・・。

最悪、都心だけ「ウィズコロナ」のまま。

 

街頭インタビューができてる時点で、行動がおかしい。

やや田舎の町からすれば、遊べる施設が多いことと、飲食店が多すぎることが

原因になってるのは、明白なことだと思うよ。

 

飲食店が多いのは、「厄介な自由」そのものだよ。

食品ロスは招く、飲食店が多いだけなのに昆虫食を進めようとする社会、

安上がりな経営など・・。

人間の欲求にこたえるために、プラゴミ同様に、切っても切り離せない

そんな存在になり過ぎてる飲食店。

(喫茶店は残してほしいけどね・・。)