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今日の工場。

あまり作業した記憶がない。

気持ちや意識が遠のいた感覚ではなく、魂が遠のいてる感覚で、

疲労感を誤魔化して、作業としていたようだ。

2休をしたところで、気力が回復しない・・。

休み明けなのに、疲れすぎ・・季節的なものではなく、同じ場所で働き過ぎによる

ストレスで疲労感を蓄積させてるようなものだ。

 

生命エネルギーを使う日々・・、やはり「殴りたい衝動」と「首吊り衝動」が湧いてくる。

解釈によっては、魂を込めてるとも言えるが・・。

込め過ぎて、自分の生きたい欲求すら失いそうになる。

エネルギーの使い過ぎ。

 

私の「やりたかったこと」のエネルギーも込めてるので、

水やタオルを通じて、「私のやりたい事リスト」が拡散してる頃だろう・・。

自由人にとってはそれが何より、原動力になるからなぁ・・。

そして、私には何も残らなくなり始める。

 

魂が遠のいてる感覚で、自我や自己を失いそうになりつつ仕事をしていたので、

帰宅後は疲労感だけ存在し、工場に時間を盗られたという記憶しか大きく残らない・・。

 

3月は、4週とも5日分フルに平日が入ってるからなぁ。

精神と体がもつかなぁ・・どうかなぁ・・。

意外ともつのだろうけど・・、無意識で人を殴ってる可能性もあるなぁ・・。

あるいは、無意識に首を吊ろうとしてるか・・。

 

 

並の作業速度の人が、処理しきれない量を毎日していたら、疲労が起きたとき、

処理しきれなくなることぐらい良識的に考えない工場の人たち。

その上、手を貸そうとしない、仕事を流してくるだけ。

 

工場を運動としたとき、今のところ、2つ目の持ち場は「立ち仕事」同然の持ち場だから、

運動してないに等しいなぁ・・。

しかし、疲労感からの疲労感は、大丈夫なのだろうか・・。

単なる血の巡りが悪いだけなら効果はありそうだけど・・やってみるか・・。

 

 

どうせ魂込めて作るなら、人形師の方が良いよなぁ・・とか思っているが・・。

私の場合、本当に魂を込めに掛かるだろう・・。

飾った瞬間に「家庭不和」にさせることも・・。

あくまで、気力がない時に作ったものだが・・。

まぁ、作る技術は、今はない。

何個も作れないタイプ。

 

 

あぁ、「ARIA」の映画がもうすぐか・・。

観たいけど、いけないしなぁ・・。